4_帝国軍
セシルが国から逃げてからは、約8日間が経過していた。
アストリアへの街道は、帝国の兵が既に封鎖しにかかっている光景に何度か出会っていた。
ノアとセシルが帝国兵を避けながら森の中を踏み分けて半日。
草木をかけ分けながらの進行にセシルの体力が底を尽きかけていた。
「すみません……」
セシルは、膝に手をつき、これまでの17年の生活を悔いる。
兄上や姉上のように、小さいころから軍学校に通っていれば、と。
生まれつきあまり体力がなかったセシルは、
軍には入らず、王族として社交界には顔を出す程度のお飾り王女であった。
反面、城に籠り歴史書や植物や野生生物、魔獣に関する書物、ひいては魔術書まで幅広く、
ひたすらに本を読み漁っていた。
ついたあだ名は『文字の君』。
恋愛対象は文字ではないかとまで言われたセシルは17歳になっても婚約者1人いなかったが、
それについて国王であるセシルの父親も末子のセシルに対しては甘く、特に何を言うこともなかった。
「いや、仕方がない」
そんなセシルはここまで、長距離歩行には向かない革靴と、
進むたびに草木に引っ掛かるフレアのスカートのまま行軍している。
よく半日も歩きとおせたものだ。
そう言ったノアの視線の先、遠くには、
周囲を木の杭で囲われた村らしきものが見えるた
街道の宿を中心に集まった集落だろう。
「ついているな。その靴と服装の代わりを手に入れよう」
「村ですね……!あの村は一度訪れたことがあります!ちょうどクルーラント王国とアストリアの中間にある宿場町です!」
疲れに沈んでいたセシルの瞳に光が宿った。
「昔、小さい頃ですね。アストリアへの道中あちらの村で馬車の馬を交換したのです」
「そうか、宿場町だったか。だったら交易品の靴や衣服なら扱いがあるかもしれないな」
「そうですね!馬を付け替えているの短い時間でしたが、物珍しそうに遠くから村の子供に眺められていたことを思い出しました」
セシルはふふっ、と小さくほほ笑んだが、
慌てた様子ですぐに口を一文字に結ぶ。
「懐かしんでいる状況じゃありませんね、すみません」
「確かに急いではいるが笑っちゃいけないほど焦ってはいないよ。それこそ軍じゃあるまいし」
「いえ、私が言ったのは、父上や母上の安否も分からない状態で”懐かしんでいる場合ではない”ということでした」
そう言ってうつむいたセシルの顔に銀髪がさらさらと流れた。
「周りを心配するのはいいけどな、今は自分のことを優先して考えろ。父上も母上も国も全部後だ。
んでもって笑える時は笑っとけ。心に余裕がある証拠だ。余裕がない状態、一切笑うこともできなくなった状態こそ、考えが固まり、首が回らなくなって、あっけなく死ぬときだ」
「……、ほら行くぞ」
俯いたままのセシルを促すように、ノアから先に止めていた足を進める。
「ノアさんは優しいですね」
「俺のためだ、勘違いするな」
セシルに背を向けたままそう言い放ち歩みを進めるノアの背中を見つめる、
セシルの視線にノアは気付くことはない。