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3_瞳の奥のゆらめき

「で、第二王女様はこんなところで何を?」


森に流れる川の清流で、体についた返り血を洗い流しながらノアはセシリアに問うた。


「つい先日、我がクルーラント王国は帝国による侵略を受け、首都が、陥落しました……」


先刻の戦闘から半時ほど。


ノアとセシリアは、いまだ森から出ることはせず、


川辺で小休止を入れていた。


クルーラント王国は旧代の神を信仰する国、すなわち魔法を生活の根底に敷いている国家であった。


対してガイアス帝国は直近の約200年程度で一気に勢力を伸ばした、新たな神を信仰する国家である。


元来、先天的に魔力を保持して生まれた一部の人間が、自然の摂理を確実に理解したうえで顕現できる世界の法則を魔法と呼ぶ。


地面から鉄壁をせり上げるためには、


土や泥の中に鉄の成分が含まれていること、また、その成分同士を結合するイメージを明確に持つことが必要だ。


それは炎しかり、雷しかり、嵐にしかり、道理は同じである。


空気中に熱量を発生させるには何がどう作用すればよいのか、電気を発生させるには、風を呼ぶには……。


先天的な才能と、世界の理についての弛まない勉学と好奇心が結びつき、やっと魔法を顕現させることができるようになる。


習得が難しい分、


その力は絶大で、軍備から生活基盤まで、ありとあらゆる場所で重宝される。


これが約200年ほど前までの世界の話。


ガイウス帝国が擁立したとされる『神』は、


この魔法を一般人が使えるようになるまで形式化し、仕組みに起こし、普及させた。


”魔力を保持する必要もなく”、


理を理解していなくても良い。


ただ、祝詞を唱えるだけである。


決められた発音、小節、抑揚を以って。


『神』が作り出した祝詞を、ただの町娘が唱える。


町娘には原理は到底わからぬが、目の前の薪に火がついた。


人々はそれを【奇跡】だと称えた。


それは世界の法則が変わった瞬間だった。


その『神』がどこから来たのかはわからない。


人々が気付いた時には、既に帝国にいた。


顔を見た者もいない。


それでも『神』が与えた【奇跡】に人々は感謝し、ひれ伏した。


身の内の魔力を必要としない分、戦闘用してはいささか威力に低く、


理を理解していない分、応用力に欠けるが、


いままで2千、3千の軍に1人程度しかいなかった魔法を使える者が、


奇跡という名に変えそのまま2千、3千が魔法を使うようになったのである。


そうして増強した国力を以って帝国は旧代の国々を次々と侵略をしていった。


そのうちの1つが、


セシリアがいたクルーラント王国だった。


そういう話だ。


「私以外の王族は皆、国に残って最後まで戦っていました」


セシリアの悄然とした表情が、緩やかな川の流れにゆらゆらと反射している。


「国王と王妃は城に、軍人でもある兄上と姉上は大隊の指揮を執るために前線に残りました。私は近衛と共になんとか国から逃げおおせましたが、


帝国兵の追っ手に少しずつ削られ、今はこの有様です。」


セシリアは自分の両手をただ茫然の見つめながらそう言った。


「今後の予定は?」


血をぬぐい終わったノアが袖で顔を拭きながらセシリアへと歩み寄る。


「アストリアまで逃げて、機会をうかがうつもりでした」


「あの港町のか?流亡の身で潜むには心もとない気がするけど」


ノアが想像する【アストリア】は大きな漁港がある町だ。


温暖な気候に育てられた魚が獲れることで有名である。


たが、それだけだ。


人口も数百人の町で”あった”はずである。


「そうでしょうか?商業都市アストリアはほぼ一つの国と言ってよいほどの土地と、育った街があります。貿易や冒険者ギルドを中心としている街ですから流れの身でも溶け込むことはできるでしょう。」


決定的に、ノアの認識とずれている。


(いや……。ああ、そうだ。この時代では大きな国家と成っていると聞いた気がする)


「えっと、あなたは……なんとお呼びすれば?」


セシリアとノアの視線が交わる。


「これは失礼。ノア・スティングレイだ」


「スティングレイ様は……」


「ノアでいい」


「ノア様は……」


ノアははぁ、とわざとらしく肩を落としながらため息を吐いた。


「一般の人間は俺のような風貌の男に”様”をつけることなんかない。すぐに身分がバレるぞ」


「それは、そうですね……。ノア、さんは何をされている方なのでしょう?」


「何をって、まぁ……」


背嚢にぎっしりと詰まった重量感のある羽を一瞥する。


「冒険者みたいなもんだ」


「さぞ高名な冒険者さんなのではないですか?ガルーダを単身で屠り、帝国兵相手に全く躊躇なく刃を振りぬく豪胆さ、クルーラントでもそうおりません。」


明らかにわざとらしい言い回しに、


社交辞令以上の意味を察し、ノアは眉を寄せた。


「無抵抗の奴を殺したこと気にしてるのか」


「いいえ」


目を瞑りゆっくりと首を横に振る。


「あの場では、間違いなく正しい行動でした。ただ……」


セシリアが絞り出す声は、かすかに震えている。


「ただ、どうしてこんなことになってしまったんだろうって」


軍に属している兄弟たちと違い、セシリアはいままで人の生き死にを目の前で見てきた人種ではない。


ノアは出会って数時間の相手をそう決めつけたが、それは間違ってはいなかった。


「できることであれば、人間同士で殺し合いなんて辞めたい……」


セシリアの声は途中から、ノアに届ける意味合いを失い、弱々しく中に霧散していった。


「アストリアについた後はどうするんだ」


「それもまだ何も」


セシリアはブラウスの裾を握りしめ、唇を噛む。


二人の間に沈黙が流れる。


「方針が決まるまで俺が付いていてやろうか?」


「えっ?」


俯いていたセシリアの顔が跳ね上がる。


「さっき助けた礼をもらわないといけないからな」


「それはもちろんです。ただ、今の私からは何も……」


「大丈夫だ、俺に取っちゃお前といるだけで利点になりそうなんでな」


ノアの言葉の意図をどう受け取ったかわからないが、


セシリアは一瞬目を見開き、それから腹のあたりで両腕を抱きしめる。


「……このまま何もせず、死ぬよりマシです」


寸刻の沈黙の後、


みるみる間に紅潮した頬と、真剣なまなざしを正面から向けてくるセシリアの様子を見て、


ノアはあらぬ誤解を与えたことに気付いた。


「あー、そういう意味じゃない。確かに今のは俺の言い方が悪かった。俺にも成し遂げたいことがあるんだ。その達成の為にはお前がいた方が都合が良いってことだ」


白い肌を耳まで真っ赤に燃え上がらせ、目じりに涙を蓄えながら、口をパクパクさせるセシリア。


「そ、そういうことですか。わ、わかりました」


セシリアは浅くなった呼吸を意識的に整えるように、ふぅふぅと、大げさな呼吸をしながらそう言った。


そんなセシリアが貴族間の社交場で身に着けた感情を表に出さない技術が役に立ったと思っていることを、


ノアには知る由もない。


「俺の目的は、仇討ちだ。利害関係がある、だから助けてやる。それだけだ」


セシリアは『仇討ち』という言葉に、つい先刻の血煙を思い出すが、すぐにかぶりを振って記憶を追い出した。


セシリアにとって、身を守る手段がない以上、ノアの存在は一種の賭けである。


言い換えれば、この瞬間も、圧倒的な暴力を有するノアにセシリアの殺生与奪の権利は握られている。


「とりあえず今は深く聞きません。またの機会にお聞きします。それではよろしくお願いします、ノアさん。」


セシリア、この選択肢に賭けた。


ノアは、フレアのスカートの裾をつまんで広げ、お辞儀をしようとするセシリアを手で制す。


「その貴族然として所作はやめろ。」


そう言って右手を差し出す。


「その通りですね、私のことはセシルと呼んでください。本名も避けた方が良いでしょうしね」


セシリア、セシルはスカートの裾から手を離し、ノア同様に右手を差し出す。


互いに手を握り、至近距離で目を合わせる。


ノアの瞳には、セシルの瞳が。


セシルの瞳には、ノアの瞳が映る。


互いの瞳に宿す思いが刹那に煌めいた。

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