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2_火種

怪鳥の解体はほぼ終わり、


武具や服飾の素材となる羽等の素材と、


ノアが食料として切り分けた肉塊とが、綺麗に仕分けされてうず高く積まれている。


「おかしいな……、これだけ血の匂いを発しておいて狼一匹寄ってこないとはな」


自然の中で生き物が死ぬということは、


それはまた別の生き物の糧になることである。


ノアもまたその円環の内ではあるが、野生の肉食獣がその環に入ろうと、


影から忍び寄ってくる気配もない。


そう、不審に思っていると、


木々の間を縫った先の方から、


男の怒号と、甲冑が鳴る音が聞こえてくる。


「同業か?」


警戒しながらも肉塊を一瞥したが、


どうやらそうではないようだ。


ノアの方に近づいてくる怒号と金属音。


日光を鈍く反射する甲冑が視界に入る。


「あれは帝国の兵か」


ここからはるか東に位置する、


【ガイウス帝国】の正規軍が用いる、鈍色の甲冑である。


(正規の軍がこんなところで何を。こちらに近づいてきているな……)


敵対するかどうかわからない相手に対して、


どのような対応をするか考える。


が、


考えるにあたっても情報が足りなさすぎる。


帝国兵の目的も、何を急いでいるのかも、


帝国からはるか離れたこの地で何をしているのかも何もわからない。


(揉めたら肉でも分けてやろう)


その程度に考えていたその時。


ついに先頭の1人が木々の間から飛び出してきた。


陽光を反射するのは、


鈍色の甲冑ではなく、


絹糸のような銀色の、みだれ髪であった。


「助けてください!」


ノアの耳に、はっきりとその女性の言葉が届いた。


女性はノアの横を通り過ぎ、数メートル後ろで縺れながらの遁走を止めた。


ノアは後ろにいる女性を一瞥する。


あえぐように必死に肩を上下させ呼吸を整えている。


町娘というには、あまりに白い肌と背中まである長い髪であり、


商人の娘というには、身に着けた衣服の質が高すぎる。


フレアの利いたロングスカートに、控えめなフリルのついたブラウス、


革靴の質も高い。


全体的に森を走ったせいか、汚れてはいるものの、


きめ細かい質感から、一目で高価なものであるとわかる。


(帝国と揉めているどこかの貴族か?だとしたら……)


ノアは背後から攻撃される可能性を捨て、


確実に近づいてくる甲冑が鳴る方向に大剣を握りしめた。


そして、ノアの口元には笑みが浮かんでいた。


まずは1人。


「おい、貴様!そこをどけ!」


森を抜けて出てきた先頭の男が、甲冑の中から叫ぶ。


そして、ガチャガチャ音を立てながら、その男に続くように2人、3人と全身装備の兵たちが姿を現す。


(計6人か)


あたりには、目の前の男たちのほかに姿を隠している人間がいる気配はない。


「おいおい、いきなりなんだ。人の狩場を邪魔しておいて」


ノアは『ほら』と解体されたグランガルーダを刀身で指し示す。


「それならさっさと片付けてどこかへ行け、お前には用はない」


兵たちの手が腰に佩いた剣の柄にかかる。


その柄頭には【獅子に羽】のシンボルがついている。


「ガイウス帝国兵だな」


「それがどうした」


ノアに身分を当てられたことからか、一気に兵たちの警戒心が高くなっていく。


「で、そこのお嬢さんは何者で」


ノアはいまだ、後ろで項垂れながら呼吸を整えている女性を一瞥してそういった。


「だからお前には関係が」


「クルーラント王国第二王女。セシリア・アーマリア・フォン・クルーラントです」


兵の胴間声を、鋭く凛とした声がかき消した。


「ははっ、王女様だったか。どこぞの貴族かと思ったが」


ノアは喜ぶような、嘲笑うかのような口調でそう言った。


「おい、これが最終警告だ。そこをどいてさっさと失せろ」


「第二王女様。さっき俺に助けてくれと言ったな。対価はあるんだろうな」


兵の言葉を無視して、セシリアにそう投げかける。


「すぐには難しいですが、必ず、望むものを与えましょう」


「亡国の姫が何を言うか」


セシリアの言葉を、兵たちが笑い飛ばす。


真剣な顔をしているのはこの場にノアとセシリアのみ。


「なんでもかい」


「ええ、家名に誓って」


ノアは、『ふっ』と小さく笑いながら、


改めて握ったままの大剣を担ぎ上げる。


「こっちについた方が得がありそうだ」


その言葉を引き金にして、


その場の兵が一斉に剣を抜き放つ。


「手練れです!気を付けて!」


「関係ないね」


セシリアの言葉を制し、地面を蹴り、


遠心力を付けた大剣もとい、鉄塊で兵を薙ぐ。


兵たちが持つ通常の剣であれば、まず間合いに入らない距離からの大振り。


兵たちは一瞬であるが反応が遅れた。


その一瞬でこの場の硬直が解かれた。


先頭の男を含む6人中4人が腰を中心に上半身と下半身が分かれた。


甲冑はひしゃげ、中に着ていたチェインメイルは砕け散り、人体もまた引きちぎれた。


超質量に吹き飛ばされた上半身が、振りぬいた大剣に少し遅れて、ぼとりと地に落ちる。


戦闘の決着としてはこれだけで十分だった。


「ひっ」


もはや声にならない悲鳴を上げ、残った2人の兵の内1人はしりもちをつき、


もう1人は既に来た道を引き返そうと背を向けて走り出すところであった。


「た、助けてくれ、俺も仕事なんだ。国には家族もいる」


「死ぬ覚悟がない奴が剣を抜くんじゃねぇよ」


「待って……」


背後から聞こえたセシリアの声を無視して、しりもちをついたままの兵を斬った。


びちゃっと、斬った兵の返り血がノアと、そのさらに背後のセシリアに飛散した。


「降参してたって?家族がいるって部分に同情したか?」


ノアはそう言いながら、


数メートル先の森の中を、こちらに背を向けて走り去ろうとしている兵に向かって、


腰に差した、短めの剣を抜き放ち投擲した。


刃は木々の間を抜け、逃走する兵の兜に吸い込まれるように貫き、さらに木に突き刺さり止まった。


「確かに、もしかしたら怖気づいて、田舎に帰ってくれるかもな」


ノアは、いまだ呆然と立ちすくむセシリアに対してこう言い放つ。


「ここでこいつらを逃がすということは、いつか別の日にお前自身が死ぬ要因を一つ増やすことと同義だぞ」


「それは……」


辛うじて絞り出した声は、あまりに弱弱しい。


「望みをかなえてくれるんだろ?だったらそれまで死んだら困るからな」


むせ返るほどの血の匂いが立ち込める中、


ノアはセシリアに対して、涼しげにそう言った。


帝国と揉めている王族。


ノアにとって、この上なく探し求めていた”火種”であった。

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