始まり
「イレイェンお嬢様。王都の大叔母様を頼られるのが一番かと思いますが?」
オーギュストは領主の館の上の屋上から、中庭を挟んで反対側にある客室の方を眺めている、イレイェンに声をかけた。オーギュストの視線の先にあるイレイェンの顔は、いつもよりさらに苛立たしげに見える。
彼らの頭の上では尖塔の上の侯爵旗が、イレイェンの心を表すかの様に、強い風に音を立ててはためいていた。そして彼らの視線の向こうトラバス山の山麓では、その少しばかり強い風に、街道沿いに上がった砂塵が舞っている。
それは自領に向けて撤収中のブエナ大公軍が上げているものだった。彼らは来て、そして何もしないままに去って行こうとしている。
「王都?妾は王都なんぞへは行かぬぞ」
「ですが、今回のブエナ大公の件はさておき、この地が中央から目をつけられているのは確かです。今のうちにここを離れられるのが一番だと思いますが?」
「オーギュスト、何を言っているのじゃ。王都には妾の欲しいものなど何もないぞえ」
「イレイェンお嬢様、まさか!」
「まさかも何もなしぞえ。妾の欲しいものはそこにあるのじゃ」
そう言うと、イレイェンは中庭の反対側にある、客室の窓の一つを指差した。
「ですが……」
「黙れやオーギュスト。あの小娘を少しばかり舐めてかかっておったわ。情けなど出して、薬などやるのではなかったぞえ。妾にまで薬を盛るとはあの小娘、中々のものじゃ。勇者の血筋は伊達ではないぞぇ」
そう告げたイレイェンが、悔しそうに足を「ダン!」と踏み鳴らして見せる。だが二日酔いの頭に響いたのか、すぐに頭を掻きむしった。
「大丈夫ですか?」
「も、もちろんじゃ。だが小娘、勝負はこれからじゃぞえ。一晩ぐらい褥を共にしたからといって、男が己がものになったと思うのは浅はかじゃ!」
「ぎゃーーー!ど、どう言うことだ!」
客室の一つから叫び声が上がった。
「やはり田舎者どもはやかましくて敵わんぞえ!!」
そう叫ぶと、イレイェンは再び頭を掻きむしって見せた。
ピーチク、ピーヒュルル!
どこかからか、初夏を告げる雲雀の高鳴きが聞こえてくる。それはイレイェンの叫び声と共に、何かの始まりを告げる笛の如くに、空高く辺りに響き渡った。
<完>
ハシモトと申します。最後まで読んでいただきまして、誠にありがとうございました。
この「魔王様の憂鬱」は、元々は短編として書く予定だった話なのですが、思ったより長くなりそうだったので、連載物として書かせていただきました。
面白かった点、改善すべき点、続きが読みたい(居ますかね?)等、感想を頂けますと、とても嬉しく思います。いただいた感想やメッセージ、そして評価がハシモトの明日に繋がっております(本当です!)。
また日々の苦悩を、活動報告につらつらと書かせていただいております。
何はともあれ、連載物としては二つ目の完結です。他に連載中の作品として「赤い月の物語」、完結済みの作品に、いくつか短編なども書いております。
今後も色々と書いて見たいと思っておりますので、ご支援の程をよろしくお願い致します。