故郷の流れ星に…
冬休みに良夫君は、父の実家に遊びに来ていました。家の周囲にはうっすらと雪が積もり、夏休みの頃には、青々としていた畑は真っ白になっていました。
家は古くからのものであり、大黒柱も梁も太い木が使われていました。窓も木枠でしたので、風が吹く日は隙間風が入り込み、家の中でも綿が沢山入った服を着て炬燵の中で何度も読んだ漫画を読み返していました。
でも、流石にそうやって一日を過ごすのは、大人には出来ても、遊び盛りに良夫くんには、とても退屈でしたので、屋根裏に上がっては珍しいものを探す探検ごっこを一人で楽しんでいました。
そして、埃まみれになった、一つの望遠鏡を見つけました。昔から欲しかったものなので、良夫君はそれを抱えて服に沢山の埃をつけたまま、急な階段を下りてお父さんとお爺さんが、お酒を飲んでいる炬燵の脇にやってきました。
「ねぇ、おじいさん、望遠鏡を見つけたよ」
「おやおや、懐かしいものを、見つけたもんだ。」お爺さんは、目を細めて言いました。
「ねぇ、要らないなら頂戴」
「うーーん、でも錆びたり、レンズにカビが付いているかもねぇ」
「じゃあ、今晩、星を見てみる。見られたら貰ってもいい?」
「ああ、いいよいいよ」
そう返事をもらったので、良夫くんは、さっそく望遠鏡の埃を払い、雑巾や綺麗なタオルで周りを綺麗にし、お父さんの眼鏡拭きでレンズに付いた汚れを落としました。
それを持って早速、ガラス窓の向こうの景色を見ると、あちこちにゴミの陰が見えましたが、それでも遠くの景色が近くに見えました。
「ねぇ、おじいさんなんでこんなのを持っているの?」望遠鏡を大事に抱えて良夫君は炬燵に脚を入れて訊きました。
「ああ、それは元々私のじゃないんだよ」お爺さんは、言いました。「この辺りも昔は、もっと家があってね、それは学君のものだったんだよ」
「まなぶくんから貰ったの?」
「ああ、そうだよ」
お爺さんは、ぽつぽつと話しをはじめました。
二人は、小さい山の中の分校の同級生でした。遊ぶとしたら、川魚を釣ったり、刺したり。虫を捕ったり、山の中を探索して秘密基地を作ったりもしていました。
夏の夜には、ホタル狩りもしていましたし、夕飯を食べると虫に刺されながらも、夜空を見て、星座を如何に沢山覚えているかを競ったりしていました。夏でも澄んだ空気だったので、空は星で溢れていましたし、流れ星も毎度の様に見えました。
喜太郎くん…お爺さんの名です…は、ある日学校で仕入れた知識を学君に言いました。
「流れ星を見つけたら消えるまでの間に願い事を3回唱えると叶うらしいよ」
「へえ、難しそうだね」とまなぶ君は答えました。「あっという間だよ」
そして、大きな流れ星が飛んで来ました。
喜太郎君が、口を開けて居る間に、学君は早口で「望遠鏡、望遠鏡、望遠鏡」と言ってしまいました。
「凄いなぁ」喜太郎君は、あっけにとられ学君を見ました。
「そりゃ、起きても、寝ても望遠鏡の事ばかり考えていたからね」と自慢そうに言いました。「3回唱えることが大事じゃあないのさ、願いが叶うってのは、思い続ける力だよ、何時もその事ばかり考えているから、とっさに言葉にもでちゃう」
「で、望遠鏡を買って貰えそうなの?」
「無理無理、まぁいずれ大人になったら自分で買うよ」
「で、望遠鏡を買ってもらったらどうするの?」
「そうだなぁ、星を毎日観測してさ、いずれ毎日星を見ていられる天文学者になりたいなぁ」
「学は頭がいいからなれるよ」
「そんな事を言っても、やっぱり此所で農家をやってそうな気がするよ」
暫く二人は、豊かな自然の中で遊んでいましたが、学君の一家は、街に引っ越してしまいました。新しく作る道路が学君の土地を通る予定になりそうになり、土地が高く売れましたし、農家をしているよりも、街の工場で働く方がお金になったからです、もともと学君のお父さんは、冬の間は出稼ぎで街で働いていたのですが、腕を認められて工場の社員として働く事になったのです。
それから、一年ほどして喜太郎君は、街に住んでいる叔父さんの元に届け物をするついでに、学君の家を訪ねました。
家は、4階建ての鉄筋コンクリートのアパートでした。それが幾つも建っているので、喜太郎くんは、迷いながらも道行く人に訪ねながらようやく、学君の扉まで辿り付きました。
「よう!」という学君は、綺麗な服を着て、どこか大人びた感じがしました。扉から中に入ると、見慣れない機械が沢山あることに喜太郎君は驚いて、学君は自慢げにそれは、冷蔵庫、洗濯機、テレビだよと説明をしてくれました。
そして、さらに驚いた事に、天体望遠鏡が窓際にあるのです。思わず買ってもらったの?と学くんに訊きました。
「うん、誕生日祝いで買ってもらったんだ」
「いいなあ」
「でも、ここじゃあ星が少ないんだよ」学君はがっかりしたようでした。「見ているのは、月ばかりでさ、飽きちゃったよ」
「じゃあ、ウチに来れば?相変わらず星が良く見えるよ」
「あらまぁ、そうしたら?」横から学君のお母さんが、声を掛けました。「前に住んでいた村まで一人で行けるでしょ、喜太郎君も一人でこっちに来られるのだし」
「でもなあ」と煮え切らない学君に、喜太郎君とお母さんが、積極的に勧めるものですから学君も、とうとう行くよと返事をしました。
やがて、週末の良いお天気が続いた日に、学君は望遠鏡が入った箱をカートにくくりつけて運んで来ました。
陽が未だ出て居る間、喜太郎君は学君と昔良くあそんだ場所に連れ回しましたが、どことなく学君は、つまらなさそうでした。そして「何も、遊ぶ物がないんだね」と言いました。
「遊ぶものって?」
「野球盤とか、バンカースとか」
「将棋とか、百人一首は未だあるけどなあ」喜太郎君は、学君がもう魚釣りとかで、遊ばなくなったのだな、なにか大人になったのかなと、二人の間に距離を感じてしまいました。
夜になると、二人は交替で天体望遠鏡を覗きました。流れ星が幾つか落ちましたが、ふたりともそれが落ちるのを見ただけでした。
「テレビも無いんだね」と学君に言われると、喜太郎君はとても恥ずかしい気分になりました。「今の時間だと、面白い番組があるんだ。月曜日、学校ではいつもその話題で盛り上がるんだよ」と学君は続けました。
「そうなの?」と喜太郎君は、田舎に誘ってしまった事を学君が怒っている気がしました。
翌朝、学君は望遠鏡を置いて帰って行きました。
「街にあっても、星が見えないのじゃ全然意味がないからさ、ここに置いてくれないか?今度来たときに、使うと思うし」と言って、喜太郎君のお母さんが土産にと作ってくれた、おやきを風呂敷にくるんだものを手にして…
「じゃあ、そのまま置きっぱなしだったの」良夫君は訊きました。
「ああ、学はそのままこっちには来なかったよ…いや一度だけ同窓会があったから、その時に久々にこっちに来たな」
「天文学者になっていたの?」
「いや、普通の会社で係長をしていたとか言っていたかな」
夜になると、良夫君は天体望遠鏡を抱えて外に出たいと言いました。
「寒いから、少しの間だけだぞ」とお爺さんは言いました。
「うん」と良夫君は、たっぷり服を着込んでお爺さんと外に出ました。
空は冬の星座で溢れていました。いつもは雪雲で覆われている空もその日は機嫌が良かったようです。しかし、周りは雪ばかりで三脚を立てても安定しません。しかたなく、お爺さんは、星空を指しては、星座の名前を良夫君に教えました。
やがて、一筋の光の尾を引いて流れ星が落ちてゆきました。
「お願いは無かったのかな」黙ったまま、それを見て居た良夫君にお爺さんが訊きました。
「ううん、流れ星を見るのがお願いだったから、家の周りじゃ全然星が見られないもの」
お爺さんは、こりゃ参ったと笑うと、良夫君の背を押して、さあ家に戻ろうと促しました。