私とは?
物を運んでいる様なゴロゴロゴロゴロという音や
何か話しているような声が遠くから聞こえた。
ドアの先に進む気持ちは
折れてしまった。
綺麗な景色を見て忘れかけていたが
誰も知らない、どこかもわからない……
そう思うと、不安の波が一気に押し寄せる。
まず……そんなにコミュ力高くない……。
挨拶くらいなら出来るが、初対面なんて苦手だ。
というか私は一体どうなってるんだ。
着ているものに改めて目を通す。
入院してる人が着ているあれだった。
なんて名前かわからないけど、ピンク色のそれだった。
そもそも今のこの私は誰なんだ。
意味のわからないことをとうとう言い出してしまう…。
あのノートが全ての原因だ。
同姓同名な上に、余命宣告を受けている。
日記には見覚えも何も無い。
そう思うと2つの可能性が浮かんだ。
1つは記憶喪失。まさに今の私だ。
ここはどこ?私は誰?これ王道。
まさか……ね。
2つ目は同姓同名のこの方の体を支配している?
言い方はどこかおかしいけど今はかまってられない。
「こ……小春ちゃん?いますか?」
もしかしたらと思い
何度か小声で胸に向かって呼びかけてみた。
1分ほど待ったが、だれも返事をしてくれなぃ……
これじゃただの痛い子だ。
わかってたよ。わかってたけど……
期待したっていいじゃん。
余計な恥ずかしさと不安で目がうるうるしてきた。
ドアの前でそんなことをしていたら
音がだんだんと近づいてくる。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ
おかしな心境でいるわたしに、それは物凄く酷だ。
考える猶予が残されていない。
と、とりあえず……記憶喪失になろう。
いや、記憶喪失です!私は!
無理矢理、記憶喪失になることにした。
スリッパを慌てて脱いで
私はベッドに駆け込み
そのまま布団に潜り込む。
寝たフリ?いや、最悪死んだふり?
どっちも大差ないような気がしたけど
それは気のせいということにする。
私は記憶喪失で、寝たふりをする。
なんだかラノベにありそうなタイトルだと
少し感心する。自画自賛乙っ!
妄想ワールドに溶け込んでいると
さらに音が近づき、ドアの前で音が止んだ。
布団の中で、心臓が激しくドクンドクンと
脈打っている。誰が来ているのだろうか。
何かされるのだろうか。何か言われても
何と返事をしたらいいのか不安だ。
そもそもノートを書いた小春ちゃんはいないんだ。
何かあったら記憶が無い……そう言うしかない。
脳をフル回転させて出た答えはそれだった。
私の不安など知らないとでも言っているのか
無情にもドアは開く。
しまった……カーテンを閉め忘れた。
芋虫のように布団にくるまってる私はもう
身動きすらできない。
まさに死んだふりが完成した瞬間だろう。
「あら、小春ちゃん珍しい。
今日はまだ起きてないのかなぁ」
元気そうな声で、その女性は言う。
「小春ちゃーん、朝ですよー。起きてくださーい。」
先程より少し大きめの声で起こそうとしてるらしい。
どうするか考える時間もなく…
かといって無視したとしても時間の問題だ。
それに、寝起きの演技をしなくてはならない。
目まぐるしく頭がグルグルとまわっている。
とりあえずやることは記憶喪失になることだ。
寝ぼけている振りをして、この場を凌いでみせる。
無駄にやる気が出ている。こんな陽キャだっけ?
昨日の私がこれを見ていたら、薄情なやつと
思われるだろうな。
むしろ、だからなのかもしれない。
ほんの少し余裕あるような気がする。
何故かなと思うとすぐに答えは出た。
きっと心の片隅で、あの環境から逃れられるのなら
大抵のことは耐えられるのではないか。
死にたいの毎日から抜け出せるのではないか。
ほんの少しだけそんな希望が湧いてるからだ。
ただ、後になってわかるのだけど
ここから始まる出来事は
そんな安易な考えを許しはしなかった。
どんな死でも、簡単に受け入れられるものはないと
知ってしまうからだ……。
声をかけてくれた女性は
一定の感覚で
「小春ちゃーん。起きてくださーい。」
と、私に起きるよう何度か促してる。
それに、何かガサゴトと音がするので
何か準備をしているように思えた。
声の調子や口調から、結構慣れ親しんでいる
関係じゃないかと思う。少しほっとする。
内心、ないとは思ってたけど痛いことや
苦しいことをされたらどうしようと思っていたからだ。
いい加減起きなければと思い、勇気をだして
布団から顔を出し、ゆっくりと起き上がることにする。
起き上がろうと、ベッドに手を着いた時
その女性と目が合った。
看護服を着た綺麗な女性だった。
その女性は優しい笑顔で私にこう言った。
女性「おはよう。小春ちゃん。」
私 「ぉ、おはようござまつっ…… っ。」
噛んじゃった……。恥ずかしくて視線が斜め下を向く。
そんな私を見て彼女は
女性「寝起きの小春ちゃんはじめてみた!可愛いねぇ。
いつもしっかりしてる分、ギャップ萌えだぁ」
と、陽気な声で言ってから
ゴロゴロと押してきたものの中から
何かを取り出しているようだ。
???しっかりしてる?私が?!
生まれてからあまり言われたことの無い
言葉ランキングベスト3には入るこの言葉……
ドジとかおっちょこちょいの部類の私がしっかり者…
しかし、違和感はこれだけではなかった。
私の顔を見てこの女性は、驚かないのだ。
ノートの、桜 小春はいない。
その変わりに私がいる。
現状がそれを告げている気がした。
私がノートの桜 小春になっていると……。
そんなことを考えていたらいつの間にか
目の前に朝食が差し出された。
女性は朝食の準備をしてくれていたみたいだ。
可動式のテーブルに、朝食が並べられている。
ご飯、味噌汁、鮭、豆の煮物。
ベッドで食べるのは初めてだなぁ