☆☆20
「後始末はルーベンス団長がするだろう。少し休んでから帰るか」
師匠があくびをしながらそんなことを言った。
この人があのクラ―ケルをまとめて灰にしたなんて、実際見てないとわからないだろうなぁ。
「お肩お揉みしましょうか?」
僕はなんとなく言ってみた。師匠を労わらなきゃと思ったんだ。
それなのに、師匠は顔をしかめて振り返った。
「年寄り扱いするな」
師匠っていくつだっけな?
少なくとも僕よりずっと年上じゃないか。
「さすがにお疲れみたいだなって」
前もライニールさんを助けるために力を使い果たして寝込んだことがあったし、師匠だって疲れる時は疲れる。
「人を連れての転移は結構魔力を食うから、あれがなければ問題なかったんだがな」
「それはお疲れ様でした」
疲れた上に、アレだ。精神的にも色々と大変だ。
ライニールさんとヘルトさん、あのまま落ち着くところに落ち着くのかな?
――ナニソレって言いたい。この場合、師匠の役どころって何?
モヤモヤするんですけど。
師匠は僕の顔を見ただけで考えていることがわかったのか、ポツリと言った。
「ライはとんでもなく鈍いんだ」
「それはわかってます」
「惚れられたって気づかないし、惚れてたって気づかない」
「うわぁ」
ヘルトさんに対する好意が部下に対する親愛でしかないって当人が思っていて、それが今回のことで色々気づかされたってこと?
「多分、見合いをしてみた時点でうっすら気づいたんじゃないか? そこへ来てこの騒動だ。いくら鈍くても余計なことを考えるゆとりもなかったんだろうな」
なんて言って師匠は笑ってる。師匠は二人を見ていてライニールさんがいずれヘルトさんのことを好きになるって気づいてたのかな。ヘルトさんに対してあんまり積極的じゃなかったし。
「ヘルトさん、ちゃんと言えましたかね?」
今言えなきゃ一生言えない。師匠が言うように、本当にそうなんだ。
言えないままの方が師匠にはよかったのかなぁ?
でも、師匠は二人のことが好きだから、二人が幸せならいいんだろうか?
「さあな。もしかするとライに先を越されたかもしれないけどな」
なんて言って笑ってる。悔しそうな感じは受けない。
この時、崩れた町の中を歩く師匠を見て、若い女の人がなんとも言えない複雑な目をしていた。
うん? なんだろ。
顔を真っ赤にして、駆け寄ってくる。ヘルトさんほどの美人じゃないけど、まずまずかなぁ。
師匠、フリーだしいいと思う。
「あ、あの、さっきは助けて頂いてありがとうございました!」
助けたんだ?
師匠はまったく意識してないっぽい。ああってつぶやいただけだ。
その女の人はすごく緊張して見えた。ちょっと手元が震えている。それで、そのまま言うことを言って去っていった。
――それだけ? もうちょっとなんかないの?
名前とか訊かないの? 恋しちゃったとかじゃないの?
僕は師匠と女の人の背中を交互に見たけど、そこには甘い感情とかなさそうだった。
恋には発展しなかったか。
そこでふと、ヘルトさんが言っていたことを思い出す。
自分なんてリュークさんには釣り合わないと。女の人がみーんなそんなこと考えたら、師匠って可哀想すぎる。ちょっと能力がずば抜けてるだけで、別に悪人じゃないんだよ。敬遠しないでよ。
師匠に寄ってくるのは、ルーベンス団長みたいなのだけ?
やっぱり可哀想だ。
「世の中って理不尽ですね……」
「どうした?」
師匠が首をかしげて僕を見る。僕はなんとも言えない気分になった。
なんて言いながらも言うけど。
「師匠にはいつお嫁さんが来るのかなって」
しみじみと言ったら殴られた。
「何を言うのかと思えば。俺がいつ結婚したいって言った?」
「したくないんですか?」
「今のゆったりとした生活が気に入っているから考えていない」
強がりかなぁ。だったら痛々しいんだけど。
僕が憐みの目をしたせいか、師匠にまた睨まれてしまった。
「まあ、焦ったって仕方ないですもんね。師匠にお嫁さんが来るかどうかは置いといて、当分僕がいますから、寂しくないでしょう?」
皆、師匠の力を当てにする。そのくせ、師匠個人のことは考えてくれない。
身近にいるには特殊すぎるって、どこか線を引いている。
師匠が前に、普通すぎる家庭に生まれて、両親には自分のことが理解できなかったって語ったけど、師匠のことを理解できない人の方が多い。
孤独な師匠。対等でいてくれるのは親友のライニールさんくらいだ。
でも、僕は。
僕はそんな師匠の弟子だから。
「もちろん僕だって、師匠の力を当てにしますよ。師匠が魔術師じゃなかったらそもそも弟子になんてなりませんし。でも、都合のいい時だけ必要とするっていうつもりはありません。弟子になっちゃいまいたから、苦楽ってヤツを共にするしかないじゃないですか」
大体、出会いが悪かった。今さら過度に緊張したり崇め奉るなんて無理だから。
普通に、楽しく、僕は師匠の隣にいる。
師匠は僕の笑顔に苦笑し、それから頭を小突いた。
「お前はどんどん遠慮がなくなっていくな。魔力は並みだし、どこを取っても平均値だし、ド庶民なのになんでこんなに図太いんだろう?」
「僕、師匠以外に図太いなんて言われたことありませんよ!」
「言わなくても見ればわかるからじゃないのか?」
師匠には僕の細やかさがわからないとみえる。失礼な話だ。
ニヤニヤと笑っている辺りがさらに失礼だ。
「大体、弟子ってこういうんだったかな? もっと師匠に従順なものだと思ってたんだけどな」
「それを言うなら、師匠ってもっと朝早起きで、整理整頓ができて、『感じろ』とか適当な教え方をしないものじゃないんですか?」
「どんな師匠だ? それ、ただの年寄りだろ」
「僕は朝起きれますけどね」
口で勝てなくなると、師匠は僕の頬をにゅぅっと引っ張りにかかる。痛いし!
まだ言い足りなくてフガフガ言ってた僕を、なんでだか師匠はじっと見て、それから複雑な笑顔を見せた。ちょっと嬉しそうって言ったらさらにつねられるかな?
いいよ、わかってるよ。
師匠はさ、従順な弟子なんていてもうっとうしいだけなんだ。少々生意気な口を利いても、畏まったり怯えたりしないで接してほしいんじゃないの?
だから、僕はこれくらいで丁度いいんだよ。そうでしょ?
「ししょー、僕の故郷に寄ってくれるんですよね?」
ヒリヒリする頬を押さえながら言うと、師匠は今になって思い出したみたいだった。
「ああ、そういえばそうだったな」
「お願いします。父さんにも色々と報告したいですから」
ん、と師匠はうなずいた。
嫌がっている様子もなく、目が優しかった。
――僕の師匠はすごい人。
でも、ちょっと孤独。
寂しがり屋じゃないから、孤独に慣れ親しんでいく。でも、僕はそんな師匠の周りでうるさくしてやる。夜は早く寝ましょう、洗濯物は洗濯カゴへ、出入りは扉から、そう、うるさくする。
だって、一人じゃないんだから。
僕がいるんだから。
うるさくするよ。孤独に馴染まないように。
それも弟子である僕の役目かな?
【 Ⅱ ―了― 】
師匠より弟子の方が非常識になりつつある(*ノωノ)