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☆☆15

 僕たちが町中にフッと降って湧いても、逃げ惑う町の人々にとってはどうでもよかったみたい。

 そりゃね――でっかい蜂が、家の屋根とか木とかに停まっていて、そこから自分たちを狙っていたら怖いよね。


「師匠、お願いします」


 全力で他力本願な僕。

 でも、下手に手を出すよりその方がいい。

 師匠はため息をついた。


「いきなり町中でブッ放せるか。住民の避難がある程度進まないと巻き添えにしてしまう」


 それもそうだ。

 ヘルトさんは騎士だから、こういう非常事態に慣れてるのか、すかさず言った。


「でしたら、町の自警団の方と協力しなくては。わたしはそちらに回りましょうか?」


 うなずいてから師匠は空を見上げる。


「頼む。俺はクラ―ケルを各個撃破しながらなるべくこっちに引き寄せる」

「ぼ、僕は?」


 僕はどっちがいいかな。住人の避難? 師匠のお手伝い?

 悩む間もないほど、師匠は即、答えをくれた。


「お前はヘルトと行け」

「足手まといって思ったでしょう!」


 わかっちゃいるけど、少しくらい悩んでよ。

 なんて言うのはわがままだろうか。これでも家事の合間に魔術の練習してるし、勉強もしてる。


 ……あれ? 勉強の合間に家事をするべきなのか?

 今はその問題を突き詰めちゃいけない。うん、やめておこう。僕の立ち位置が揺らぐ。


 この時、師匠は僕の首に腕を巻きつけて引き寄せると、僕の耳元で言った。


「俺の弟子ならそれらしく振る舞えよ。町の住人はヘルトが護る。だから、ヘルトは()()が護れ」


 えっ? 僕が?

 師匠だって手一杯だ。それなら、女性のヘルトさんを護るのは僕の役目?

 子供だからなんて言ってられない。僕はただの子供じゃないから。伝説の賢者の弟子なんだ。


「は、はい!」


 僕が大声で返事をすると、師匠は目を細めて少しだけ笑った。そして、僕の額を小突いて体を離す。


「なるべく手っ取り早く片づけるが、お前たちも無茶するなよ」

「ええ、リュークさんもお気をつけて」


 お前たちに心配されるほど弱くないと、師匠が皮肉な笑みを浮かべていた。師匠の姿はフッと消え、僕とヘルトさんは顔を見合わせた。


「まずは自警団の詰め所へ――。でも周囲に逃げ遅れた人がいないか気にしながら行きましょう」


 ヘルトさんが的確に言ってくれた。


「はい!」


 僕が大声で返事をしたからか、数匹のクラ―ケルがブワン、と羽音を立てて飛び上った。僕は思わず、うわぁって声を上げてしまった。だってびっくりする。


「向こうに飛んでいく? リュークさんが何かしたのかしら……」

「そ、そうかもですね」


 ヘルトさん、落ち着いてるな。やっぱり場慣れしてるんだな。

 僕はそう思って感心しかかったんだけど、ヘルトさんの襟から出ている首筋にはびっしりと鳥肌が立っていた。


「あの……、ヘルトさんって虫苦手ですか?」


 やんわりと突っ込んだら、ヘルトさんは焦った。


「え、そ、そうね、人並みには苦手かもしれないけれど、今はそれどころではないし」


 ……苦手なんだな。無理しちゃって。

 あんなでっかいの、気持ち悪いよね。

 それで師匠は僕にヘルトさんを護れとか言ったのかな。気づいてたのかも。


 まあ、女性は苦手な人多いよね。

 ヘルトさんって騎士だけど、高いところが怖かったり、虫が苦手だったり、本当に普通の女性なんだ。普段、結構無理してるんだなって今さらながらに思った。


「じゃあ、行きましょう!」

「はい!」


 自分には取り柄がないっていうけど、苦手なものに背中を見せないで克服しようとするヘルトさんって十分すごいと思うよ。


 さて、自警団の詰め所はどこかな。

 大体、道案内の看板が立てられているから、僕はクラ―ケルを気にしながら看板を探した。

 あ、あった。矢印の方へ行けばいいんだ。


「ヘルトさん、あっちみたいですよ!」


 僕が指さすと、ヘルトさんはうなずいた。そんな間も、町の人たちの悲鳴が響き渡っている。

 クラ―ケルの知能ってどれくらいなのかわからないけど、逃げ惑う人間たちを見て楽しんでいるみたいに感じた。急にレンガの家を齧ってレンガの欠片を巻き散らかしたり、街路樹をへし折ったりしてくる。


 メキメキメキメキ、ゆっくりと木が倒れていく。この時、どこからともなく風を切り裂くような音がして、二匹いたクラ―ケルの首がストンと落ちた。おかげで町の人たちはさらに悲鳴を上げることになったんだけど。


「師匠ですね……」


 人に巻き添えを食らわさないように、あまり大々的な術は使えないから、どこかから地道な術を放って一匹ずつ始末しているみたいだ。

 まあ、退治してくれるのはありがたいんだけど――首が落ちたクラ―ケルの傷口から緑色の体液がボタボタと落ちて、ヘルトさんが蒼白になってた。うん、気持ち悪い。

 でも、呆けてる場合じゃない。


「あっ! ヘルトさん、あそこ!」


 倒れてきた木におばあさんが挟まれてる!

 ヘルトさんはハッとして僕と一緒に駆け出した。


「今お助けします!」


 おばあさんは口も利けないくらい怯えて震えていた。でも、よく見ると挟まれているのはスカートだけだ。脚は無事でよかった!

 周りはわあわあ、きゃあきゃあ、自分たちが逃げるのに必死だ。僕たちが通りかかってよかった。


 ヘルトさん、助けるとは言ったけど、折れた木なんて僕たちの腕力じゃ持ち上がらない。スカートを切っちゃった方がいいのかなって思ったけど、こんな時こそ僕の真価を発揮するところだ。


「ヘルトさん、僕が木を持ち上げますから、おばあさんをお願いします!」

「えっ、一人で?」


 そんなの無理でしょって言いたげだな。別に腕力でって言ってないし。

 僕はひとつ息を吸って、唱えた。


「ஒரு கல் செய்யுங்கள்」


 師匠に鼻で笑われてしまう僕の術だけど、ないよりマシなんだから。

 僕の作り出した石が地面と木との間に挟まって隙間を作る。ヘルトさんがおばあさんのスカートをすかさず引き抜いた瞬間、石は粉々に砕けた。


 持ち上げる、はちょっと言い過ぎたかも。僕はフゥフゥと肩で息をしながら思った。

 それでも、ヘルトさんはおばあさんを支えて立たせると、手に杖を握らせてから僕に向き直った。


「レフィくん、すごいわ! さすがリュークさんの弟子ね」


 わーい、褒められた。

 でも、たったこれだけで息切れしてます。

 今も空を飛び回って虫退治している師匠には失笑されそうなんだけどね。


 僕たちはおばあさんを庇いながら進んだ。

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