☆☆12
お昼には最寄りの町で軽食を取った。
自分で作らなくても食べられるなんて幸せ――と、僕は主婦みたいなことを考えながらほうれん草やキノコ、ベーコンがたっぷり入ったキッシュを頬張った。ジャガイモのポタージュとパンプディングも美味しい。
店構えは古臭いけど、テラス席を選んだから気にならないし、いつも行くシェルトの町の食堂より美味しいかも。そんなこと言ったら怒られるかな。
「ヘルトさん、美味しいですか?」
「ええ、とても」
「よかったですねぇ」
師匠は黙々と食べている。
僕と二人だともっと喋るのに、ヘルトさんがいると口数が少ない。口を開くと性格が悪いのをさらしてしまうせいで黙っているんだとしたら賢明だけど。さっき来たウェイトレスだってウキウキしながら師匠の注文を受けてたし(しかし、隣のヘルトさんを見てガッカリして帰った)
「女性はお買い物好きですよね? 何か見て回りますか? 僕、お荷物お持ちしますよ!」
この旅行の間は傷心のヘルトさんに奉仕するって決めてるから、それくらいするよ。
まあ、持てなくなった分の荷物は師匠に押しつけるとして。
僕が笑顔で言ったから、ヘルトさんもにこやかに返してくれた。
「ありがとう、レフィくん。でも、いいのよ。買い物はいつだってできるから」
「そうですか?」
「せっかくだから町の中を歩いて回りましょうか」
「ええ、そうしましょう」
師匠はやっぱり口を開かず僕たちの会話を聞いていた。僕たちが決めたことに異存はないってことなんだろうけど。
それから、僕たちは町の中を歩いた。この町はシェルトの町よりも少し大きいんじゃないだろうか。人も多いし、服装もお洒落で華やかだ。労働であくせくしているばかりじゃない。
広場では大道芸人がいて曲芸を披露していた。魔術も使わないのに体重を感じさせない軽業に、僕たちは拍手喝采した。
人が組み合わさってできた搭のてっぺんにいるのは、僕より小さな子供だ。片手、片足でバランスを取って、危なっかしい動きをする。あんなことをしようと思ったら、訓練に明け暮れていなくちゃいけないんだろうな。
偉いな、頑張ってるなって僕が感心していた時、その男の子は足を滑らせた。
急すぎて、僕は叫ぶことしかできなかった。僕だけじゃない。ほとんどの人がそうだ。
さっきまでの賑わいが悲鳴に変わる。
でも、ここには師匠がいた。
「உங்கள் உடலை மிதக்கவும்」
僕の背後で素早く唱えたかと思うと、師匠の起こした風が軽業師の子供を救った。背中を石畳の上に打ちつける前に、風が男の子の体を受け止めて地面に寝かせたんだ。
僕たちは師匠の仕業だってわかってるけど、観客たちはびっくりして騒いだ。
「なんだ、何が起こったんだ!?」
もちろん人助けだから隠すことなんてないのに、師匠は名乗り出たがらない。まあ、目立つと面倒なんだろうね。
びっくりして呆けてるけど、男の子は怪我もなくて無事だ。それを確認すると、師匠は短く言った。
「行くぞ」
さっさと背中を向けるから、僕とヘルトさんは苦笑してその後ろに続いた。
そのままブラブラと町を散策する。
観光地や秘境ばっかりじゃなくても、普段とは違う町並みを見て回るのも楽しいかもしれない。
「ヘルトさん、あの看板お洒落ですよね」
なんて言いながら、僕は町角の花屋の看板を指さす。花のモチーフで囲まれた看板は綺麗で人目を引いた。
「本当ね、小鳥が可愛いわ」
ああ、ほんとだ。小さく描かれた青い小鳥がいる。
僕たちは無邪気に楽しんでいるだけだったけど、師匠は周囲に気を配っているようなところがあった。もしかして、その辺からルーベンス団長が『ばぁ!』って出てくるとでも思ってるのかな?
――想像するとホラーだけど。
そんな具合で僕たちは町を歩いて、疲れたら宿に入った。もちろん、ヘルトさんだけ部屋は別。
ここはごく普通の庶民的な宿だけど、高級な宿だった場合、僕がどうしたらいいのかわからない。こんな小汚い子供は泊めませんって顔に書いてあるようなスタッフが出てきたら泣いちゃうよ。
荷物を部屋に運んでもらって、僕たちは広間のソファーに腰かけた。でも、師匠だけは座らなかった。
「長老に餌をやりに一度帰るが、大人しく待ってろよ」
「はい、お願いします!」
長老、ほったらかしだって怒ってないかなぁ?
ご機嫌ナナメかもしれないから、師匠にお任せだ。僕だったら蹴られる。
師匠は一度だけ僕の隣に座っているヘルトさんに目を留め、それから歩いて宿の玄関から外へ出た。
僕はヘルトさんと二人、ソファーでゆったりと休みながら師匠を待つ。