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☆☆11

「じゃあ、次はどこに行きましょうか? ヘルトさんの希望はありますか?」


 ヘルトさんは、チラリと師匠を見た。師匠に気を遣っているんだ。


「あまりあちこち飛び回ってはリュークさんのご負担でしょう?」


 すると、師匠は軽く首を傾けた。


「いや、遠出することを前提に術式の支度はしてきた。それにじっとしている方が場所を特定されやすいから動いていた方がいい」

「それ、団長さんにってことですか?」


 今日も家まで来てたんだろうなぁ。表で騒いでいたかもしれないけど、いるのは長老だけだから、メェとしか返事はなかったはずだ。


「団長――もしかして、ルーベンス様が?」


 ヘルトさんは口元を押さえて黙った。


「そうです。師匠、居場所を知られたので毎日押しかけられてまして」


 そのうち来なくなるのか、ずっと押しかけ続けるつもりなのかは知らないけど、困った人だ。

 師匠、結構な塩対応なのに、それすら嬉しそうにされるんだから、どうしていいかわかんないよね。


「それは……大変ですね」


 あの人を知っているんだったら苦労をわかってくれるんだろう。ヘルトさんがしみじみ言った。


「そういうわけなので、しばらく家には戻れないんです。でも、せっかくだから旅行を楽しみましょう」


 あは、と僕が笑うと、ヘルトさんも苦笑した。


「魔術師としては立派な方なんですけどね」


 人格は二の次?

 一応集団のまとめ役なんだから、人望も考慮した方がいいと思うけどね。でも、家柄とか魔力とか、そんなので選んじゃったんだろうか。

 師匠は団長なんて嫌だって辞退した気がする。


「――行き先に希望がないなら適当に行くぞ」


 師匠がそんなことを言い出した。もしかして、いくつか候補を用意しておいたのかな。


「はい、お任せします」


 ヘルトさんも行きたいところなんて考えるゆとりがないんだ。どこだって気がまぎれればいいんだろう。

 師匠はあんまり人目につかない木陰で、僕たちを連れて術を使う。


「நீர்வீழ்ச்சிக்கு பறக்கவும்」


 優秀な人だから、団長さんが執着するのも仕方ないんだけどさ、師匠には全然未練がないんだもん。諦めてほしいよね。



 ――師匠が僕たちを連れてきてくれたのは、滝だった。

 大きな滝じゃないんだけど、不思議な地形で、あちこちに滝がある。下には大きな湖があって、鏡みたいに空を映す。滝のそばで上がった水飛沫がくっきりとした虹を作り上げていた。


 僕たちはその滝を上の方から眺めた。師匠、すごいところに出たよね。高いなぁ、ここ。足場狭いし。

 でも、落ちても師匠がいるから助けてくれるよ。だから僕は全然怖くなかったんだけど、ヘルトさんはこの高さがちょっと不安そうに見えた。


「絶景だし、気持ちがいいですねぇ!」


 僕が話しかけると、ヘルトさんは一生懸命うなずいた。あ、もしかして怖がってるの隠してる? 可愛いなぁ。


「え、ええ」


 こんな秘境、人っ子一人いない。

 師匠と知り合わなかったら来ることもなかっただろうな。

 僕が鼻歌交じりで動き回ると、ヘルトさんが焦っていた。


「レフィくん、あんまり歩くと危ないわ」

「これくらい平気ですって」


 尖った岩肌の上にいるけど、歩く幅くらいはあるよ。ヘルトさん、高いところ苦手なんだな。

 それじゃあ、ここは綺麗だけど楽しむのは無理かな?


 僕が振り返ると、ヘルトさんは心もとない顔をして、無意識のなせる業か、師匠のチュニックをギュッとつかんでいた。師匠は真顔だから何を考えているのかわかんないけど、多分微笑ましくは思っているんじゃないかな。


 ああ、これはあれだ。

 ツリバシコウカってヤツじゃないの?

 不安から来るドキドキを恋愛のドキドキと勘違いするっていう。ヘルトさんの中であれが起こってたりしないのかな?


 うーん、もう少しいいところ見せれるといいんだけど。

 そう考えた僕は無茶振りをした。


「師匠、こんなに水がいっぱいあるんだから、何かしてみせてください」

「は?」

「滝の水を逆流させるとか、滝を三等分にするとか」


 適当に言った僕に、師匠は半眼になった。


「お前は俺をなんだと思ってる?」

「もちろん、わが国が誇る伝説の賢者にして僕の師匠ですよ」

「……今度同じことやらせるからな。ちゃんと見てろよ」


 げっ。

 調子に乗りすぎた。絶対無理ですって。

 師匠は軽く息を吐いて整えると、手を突き出して唱える。


「நீர் நாகமாக மாறி நடனமாடுங்கள்」


 前方の空気が歪んだのが目視できた。師匠の魔力の強さは規格外だから。

 上から流れ落ちていた滝の水が湖に流れ落ちる前に持ち上がり、まるで大蛇のようにうねった。数匹の水の大蛇が空をくねりながら飛び交う。


 ――こんなの、僕にできるわけないし。

 僕がやったらミミズくらいの太さにしかならないよ。


 ヘルトさんはその光景に目を丸くしていた。こんなショータイム、慣れてないよね。

 師匠の指先がハープを弾く時みたいに動いて、最後に水の大蛇は轟音を立てて湖の中に潜った。


 僕は師匠に盛大な拍手を送ったけど、ヘルトさんはびっくりしすぎて腰を抜かしそうになってた。フラフラして危ない。

 とっさに師匠がヘルトさんの背中に手を回して支えた。


「おい、大丈夫か?」

「は、はい! びっくりしてしまって。すいません……」


 ちょっと赤くなった。二人、いい雰囲気かも。

 そして僕は今になって気づいた。

 僕ってお邪魔虫だったりするのかと。

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