☆☆8
そして、僕たちは明け方に家を出た。
師匠は眠そうだったけど、師匠が転移の魔術を使わないとどこにも行けないんだから、僕は師匠の落ちそうなまぶたをなんとかして持ち上げようと頑張った。
「ほらほら、早めに出て向こうで待ってないと!」
「わかって……る」
一応身支度は整えてるけど、眠そう。
僕は二人分の着替えを詰めたリュックを背負い、師匠を引っ張って外に出た。長老もまだ寝てる。
「ほら、ちゃんと集中してくださいよ。変なところに飛ぶのだけはやめてくださいね!」
「偉そうだな……」
言い返してくるものの、いつもほど歯切れがよくない。ほんと、朝弱いなぁ。
敵国の兵士に、伝説の賢者の弱点は朝だから、攻め込む時は明け方が狙い目ってことがバレたら困る。
師匠は眠たい目を擦りつつ、いつもの魔術陣の上に立つ。その途端、凡才の僕にでもわかる魔術の流れが肌の上を滑った。
「அரச தலைநகருக்கு பறக்கவும்」
何度か数えるほどにはこの移動方法を経験した。でも、何度やっても慣れない。
そりゃあ、普通に生活していたら浮遊感なんてそうそう味わわないから。さっきまで地面に足がついていたはずが、大空を舞っている鳥になったような、とにかくフワフワするんだ。
――と思ったら、ズドンと落ちる。多分、師匠はどこで落ちるかわかっているから、僕みたいに急に落とされた感覚はないんだろうけど。
いつも、着いた直後は頭がぼうっとしてしまう。どうやって飛んだのか見極めようとするんだけど、全然駄目だ。そんな僕だから、相変わらず扉から出入りしてる。
思えば、あの団長さんだって長距離移動して来てるんだよね。朝っぱらから。魔術師団団長って肩書は嘘じゃなくて、本気で師匠に次ぐ実力者ではあるんだろう。性格のほどは別として。
別っていうか、魔術師って変人が多いんだな、きっと。
ぼうっとしている僕の頭に師匠は手をポン、と載せた。
「早朝だしな。どの店も開いてない。ブラブラ歩いて時間を潰すか」
「は、はい」
そうだ、僕、王都へ来たの初めてだ。まあ、早朝すぎて人もあんまりいないんだけど。
ここはどこだろう。緑が多いな。
「師匠、ここはどこですか?」
「城下町の記念公園だ」
「記念って、師匠の銅像とかあるんですか?」
「……あったら破壊する。そうじゃなくて建国記念のことだ」
なるほどね。
まあ、救国の賢者だとか伝説だとか言いながらまだ生きてるし。死後には建つかもしれないけど、師匠ってば嫌すぎて墓の下から出てきそう。
僕たちは並木道を通り過ぎて広場に出た。そこからは聳え立つお城が見えた。あそこに王様がいて、国のすべてが決められているんだ。
白い、いくつもの尖塔が靄の中、薄ぼんやりと光を滲ませて見える。あんな高いところから下を見下ろしたら目が回りそうだ。師匠はあの上まで上ったことがあるのかな?
上ばっかり見てたら首が痛い。田舎には樹木くらいしか高いものはないから、こんなに上ばっかり見ないし。
「師匠、ここに何か思い入れとかあるんですか?」
僕がそれを訊くと、師匠は妙にびっくりした顔になった。
「なんでそう思う?」
「なんでって、じゃあなんでここに出たんですか?」
ただ単に広くって人もまばらで、その上、木が多いから急に表れてもごまかしやすいってだけのことだったのかな。
僕がそう思った時、師匠は小さく笑って言った。
「そうだな。無意識だったが、あるのかもしれない」
「え? あるんですか?」
なんだよ、あるのか。
僕が内心でまたそんなことを思うと、途端に顔を顰められた。
「あっちゃいけないのか。じゃあ訊くなよ」
「いや、駄目なんて言ってないですよ。もしかして、ライニールさんと初めて会ったのがこことか?」
「違う。あいつと会ったのは城内だ。単に俺が人に疲れて窮屈になった時、ここへ来て息抜きをしていたってだけのことで」
ああ、そういうことか。緑には癒しの効果があるもんな。
「じゃあ、僕が将来魔術師団に入ったら、ここで息抜きしますね」
「……お前が人に疲れる時ってあるのかな?」
「なんて失礼なこと言うんですか」
あるに決まってるじゃないか。現に変わり者の師匠の相手だって疲れるし。
ってか、その前に、お前が魔術師団なんて入れるわけないだろって言うと思ったのに、それより失礼なこと言われた気分。
でも、いつもの師匠は魔術師団時代のことを語りたがらないから、少しでもこういうことを言うのは珍しかった。やっぱり、この場の懐かしさがそうさせるのかな。
「まあいいです。時間はたっぷりあるので、歩きながら昔の思い出話とかしてくれていいんですよ?」
僕がそれを振ると、師匠はやっぱり思い出したくもないのか嫌な顔をした。でも、その思い出したくない嫌な思い出の大半にあの団長さんが関わっているっぽい。
僕が思っていたのとちょっと方向性は違うけど、師匠も苦労したんだなぁ。