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☆☆6

 長老のミルクは少ししか取れなかったから、今日はそれを使ってミルクティーにした。

 ちょっと甘みを強くしてごまかす。あとは卵を焼いて、チーズを切って――。


 師匠は僕が呼ばないのに勝手に台所へやってきた。珍しいなと思ったけど、多分、二度寝に失敗したんだ。


「師匠、団長さんから師匠が復帰するように説得しろって言われました。その見返りに、高度な教育と地位を約束されました」


 その途端、師匠は嫌そうな顔で椅子に座った。


「ほぅ」

「僕、頑張りますって答えましたよ」


 アハハ、と笑って僕は師匠の前にあたためておいたミルクティーを出した。師匠は朝からミルクティーが出てきて不思議そうだったけど、文句を言わずに飲んだ。


「なんて薄情な弟子だろうな」

「心外ですね。薄情な弟子が自堕落な師匠のために朝っぱらからミルクティーなんて淹れてあげると思ってるんですか?」


 僕は自分のカップにもミルクティーを注ぐと向かいの席に座った。


「もちろん冗談ですよ。大体、高度な教育ってなんですか? 魔術学園ですか? それとも、団長さんが自ら教えてくれるってことでしょうか? でも、そんなの、師匠より(まさ)ってるかどうかわからないじゃないですか。師匠はこれでも伝説の賢者なわけですし、僕、『アルハーレンの弟子』って肩書なんですよ? すでに一目置かれる肩書の持ち主じゃないですかねぇ?」


 僕、これでも『高度な教育』を受けてるはずなんだよ。師匠以上のお手本なんてこの国にはいないんだからさ。

 ただ、教え方が壊滅的に下手なのと、褒めて伸ばしてくれないのが大問題なんだけど。


 師匠は口をへの字に曲げた。


「これでもとはなんだ」


 ぼやいてるけど、怒ってなんかない。僕が高度な教育と地位に目がくらんで師匠を売らなかったことを、内心では褒めてくれてるはずなんだけど。


「飯食ったら修行だ」

「はい!」


 僕は元気に返事をした。



 晴れた空の下、山羊の長老がのん気に草を食んでいる。

 そのそばで僕は師匠と並んで立っていた。何日かに一回しか真面目に教えてくれない魔術の授業だ。

 師匠は寝癖を直し、着替えをして、見た目だけは取り繕っている。部屋は汚いくせに、身だしなみにはうるさいんだ。


「笑ってしまうくらい微々たるものだが、お前も一応は四属性を制覇できたわけだ」


 ――笑っちゃうのは師匠くらいだよ。


「あのですね、僕、まだ十三歳ですよ? 十三歳で四属性なんてそうそういませんからね?」


 僕が入学したいと思っていた魔術学園の生徒だって、一年生ではそこまでやらないんじゃないのかな?

 師匠は僕に凡才だとか並だとか言うけど、本当は僕って並み以上なんじゃないの?


「さあ? もうちょっとしっかり使えるならいないかもしれないが、お前が使える術なんて微々たる効力しかないじゃないか」


 風属性はそよ風だとか言われるし、それも嫌なんだけど、土属性なんてもっとひどい言い方をされる。


「特にお前の土属性と来たら、小さい土団子をコロコロ転がしてる程度で、フンコロガシにしか見えない」


 むっかぁ!

 弟子の頑張りにフンコロガシってひどすぎるし!


「そのフンコロガシってやめてくださいよ! あれが僕の精一杯なんです!」


 土属性、難しいんだよ。僕と土の精の相性が悪いんだと思う。

 師匠は憤慨する僕に失笑した。ひどい。


「四大元素を同じレベルで扱えないと上級魔術にまで手が出せないからな。お前はまだまだだなぁ」


 グサ。

 わかってますよ、知ってますよ。改めて言われなくても!


「魔術師団へ入る前に、僕は師匠の鼻を明かすことを目標に日々精進したいと思います」

「そういうことは口に出さずに胸に秘めておけ。な?」


 師匠こそ思ったことをそのまま口に出すのやめてください。

 ああ、無駄なことばっかり喋ってて全然進まないや。


「師匠、土属性のお手本をお願いします」


 せっかく師匠がやる気を出してるんだから、精々習わないと。

 師匠は、手本な、とつぶやき、少し考えながら長い指を正面に突き出すようにして手を広げた。


「ஒரு கல் செய்யுங்கள்」


 魔術を発動した反動で師匠の髪がふわっと揺れる。

 どこから現れたのか、僕の拳くらいの石が降り注ぎ、ガチャガチャと騒がしい音を立てながら山のように積まれた。


「師匠、この石は?」

「手作り」


 こういうの、手作りって言うの?

 つまり、魔術で形成したってことなんだろうけど。

 師匠は僕を見て、にっこりと笑った。


「さ、やってみろ」

「え? いきなりそんな……」

「何がいきなりだ。基礎はさんざんやったぞ」


 そうだったかなぁ? 師匠、教え方下手だからなぁ。

 まあ、やれって言うならやるしかない。

 僕は手を突き出し、深く深呼吸し、師匠が唱えた呪文を真似た。


「ஒரு கல் செய்யுங்கள்」


 師匠が築き上げた礫の山に、僕の小石がコツンと落ちた。ひとつ。


「…………」


 何、その無言。できたんだから褒めてよ。

 ああ、チクショウ。ため息ついたな!


「師匠、もう一回お手本見せてくださいよ!」

「そーだな」


 面倒臭そうに師匠はつぶやくと、また術を放つ。


「ஒரு கல் செய்யுங்கள்」

「も、一回」

「ஒரு கல் செய்யுங்கள்」

「あと一回」

「ஒரு கல் செய்யுங்கள்」

「さらに一回」

「…………」


 そのうち怒られるな。家の前が石だらけだ。

 師匠は僕に冷ややかな目を向けたけど、もう一回やってくれるつもりはあるらしい。手を伸ばし、唱えた。


「ஒரு கல் செய்யுங்கள்」


 ガラガラ、と石が積み上がって、それで僕からは死角になっていたけど、師匠は気配ですぐに気づいたらしい。ゾワッとまた鳥肌を立てている。

 師匠のこのリアクション――。


 ああ、石の山の陰に団長さんがいた。なんだろう、昼休みにまで来た?

 師匠はゾッとしてるけど、団長さんは嬉しそうに頬を染めていた。


「久々に君が魔術を使うところを見た」


 そりゃ、顔を合わせたの久々だからでしょうが。団長さんにとって僕は空気なので発言しなかったけど、そう思った。

 団長さんはフフフ、と薄気味悪く笑っている。


「魔術を使っている姿がセクシーなんだ」

「…………」


 怖っ。


「な? 気持ち悪いだろ?」


 と、師匠は僕に同意を求める。申し訳ないが、うなずいてしまった。

 どうせ師匠はどんな上司ともソリが合わないんだよ、とか思っててごめんなさい。

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