☆☆2
この性根の曲がった僕の師匠、リューク・ファルハーレンには親友がいる。
男前で優しくって爽やかな騎士様だ。ライニール・メイツさんっていうんだけど、偉ぶってなくてすっごくいい人なのに、時々なんとなくイラッとしてしまう絶妙なバランスを持つ。
だって師匠の友達だもん。どこかズレてる。
いや、好きだよ。いい人だよ、うん。
そのライニールさんが、副官のヘルトさんを連れて遊びに来たんだ。
このヘルトさんは美人の女性騎士。ライニールさんに恋心を抱いているのに、鈍いにもほどがあるライニールさんと進展する気配はない。
そう、こういうところがイラッとするんだけど、ライニールさんってモテるのに女っ気がないから、嫌われそうでいて男に嫌われないんだよ。騎士としては誠実でいいんだけどさ、ヘルトさんが可哀想でやっぱりイラッとする。
「リューク、本当にレフィが来てくれてよかったな。部屋が綺麗じゃないか」
ハハ、と軽く笑いながらライニールさんは肩を揺らしている。
「毎日苦労の連続です」
僕が正直に答えたら、師匠は気に入らなかったようで僕の頭の上に手を載せて頭を鷲掴みにした。痛いし。
「こんなに口の悪い弟子を持った俺の毎日も苦労の連続だ」
「お互い様のようですが……」
ヘルトさんがしみじみとそんなことを言った。
今は和やかに笑ってるけど、ライニールさんは少し前まで難しい立場に置かれていたんだ。
伝説の賢者だけど今では森の奥底に隠居してしまった師匠を引っ張り出すため、お偉方が友達のライニールさんを餌にしていた。ライニールさんは立場上もあるけど性格上もあって断れなくて、まるで伝書鳩だった。
師匠はそれを繰り返すライニールさんの心配をしていた。危ない任務ばっかりで、ちょっと死にかけたし。
一応その件は解決したから、もうライニールさんが師匠への伝書鳩にされることはないはずなんだ。
それでも、師匠は気がかりみたいだ。
「それで、ライ、嫌がらせなんかは受けてないんだろうな?」
師匠への伝達をキッパリと断ったライニールさんにお偉方が嫌がらせをしないか、そこが心配なんだよね。
「ああ、そうしたことはない。他と同じように扱ってもらえているよ」
ライニールさんが笑顔で答えた。ヘルトさんも穏やかな表情を浮かべているから、きっとこれは嘘じゃない。師匠もそれがわかっただろう。
そこでふと、ライニールさんが苦笑した。
「ルーベンス様だけは相変わらずだけどな」
うん? 誰それ?
でも、その名前を出した途端、師匠が嫌な顔をした。本当に暗い、嫌そうな顔をしている。あんな顔は初めて見たってくらい。
「誰ですか、それ?」
僕は堂々と訊いた。だって、気になるから。
ライニールさんは隠すことでもないと思うのか、答えてくれた。
「魔術師団長だよ」
「ああ……。師匠の元上司ですね?」
師匠とソリが合わないんだった。師匠の友達のライニールさんが気に入らないのも師匠のせいか。
この時、師匠はもうこの話はしたくないという顔をした。目が死んでる。
よっぽど嫌なことを思い出したのかな?
ライニールさんもどうやら気を遣ったらしい。あからさまに話題を変えた。
「……そうだ、ヘルト、急で悪いんだが、明後日から私と一緒に連休を取らないか?」
「えっ?」
ヘルトさんの目が輝いた。
わぁ、嬉しそう。恋する乙女だからな、わかりやすい。可愛いな。
――これが伝わらないのがライニールさんなんだけど。
「実は、実家から呼び出しがあって帰らないといけなくなったんだ。私が抜ける間、ヘルトだけ残すと負担も多いから、一緒に休んだ方がいい。隊員たちは他の隊と一緒に訓練に参加してもらおうかと」
一緒に休暇を取って、一緒に出掛けようなんてことじゃなかった。
ぬか喜びさせるなよ、と僕は目に見えてガッカリしたヘルトさんを眺めつつ思った。多分、師匠も同じことを思ってる。
でも、ライニールさんってひどいんだ。ほんっとに女心が全然わかんない。
ちょっとしょんぼりしているヘルトさんに苦笑しながら言ったんだ。
「実家から見合いを勧められて、会う前から断るなってうるさいんだ。仕方ないから一度顔を合わせてくるつもりだが――」
「お、お見合いっ!?」
ああ! ヘルトさんがこの世の終わりみたいに真っ白になってる。
なんかもう痛々しくて見てられない。
それなのに、当のライニールさんは照れたように笑っている。
「まあ、会うだけだ。今のところはまだ結婚も考えていないし」
結婚を考えていない。
あ、そう。
僕は関係ないからいいけどさ、その発言もどうかと思うよ。ヘルトさん、色々と泣きそうなんだけど?
師匠はこの鈍すぎる親友の言動に疲れたようにして長めの溜息をついた。
「休暇は明後日な。まあいい、この後、少し用があるからヘルトのことは置いていけ。お前だけ帰れ、ライ」
ライニールさんは不思議そうに首をかしげた。
「明日は仕事が……」
「心配するな、ちゃんと送っていく」
有無を言わさず、少し怒ったような口調で言う師匠に、ライニールさんは戸惑いつつもヘルトさんに目を向けた。
「ヘルト、どうする?」
ヘルトさんはと言うと、すごくショックを受けてて、そんな顔をとてもライニールさんにさらせないとばかりにややうつむいた。
「残ります……」
か細い声で言った。
僕はライニールさんの腕を抱え込むようにつかむと、そのまま引っ張った。
「はい、お帰りですね? 玄関までご案内します!」
「え? あ、ああ……」
師匠も止めないし、僕は玄関までライニールさんを引っ張っていって、ポイッと外へ出した。
「じゃあ、休暇が終わったらお見合いの結果を教えてくださいね!」
バッタン。
僕はライニールさんを締め出し、急いで台所へ駆け戻った。
やっぱり、ヘルトさんはハラハラと涙を零していた。