文学少女と読書感想文、いつかの夏休みの思い出
読書感想文。
小学生の夏休みの宿題といえば真っ先にこれを思い浮かべる人は少なくないだろう。同時に多くの小学生にとって嫌いな宿題であったことも事実であり、森達也という人間にとってもそれは例外ではなかった。昔から俺は文章を書くのが苦手だった。
だが、高校生にもなって読書感想文で頭を悩ませているのは俺くらいのものだろう。帰宅部が嫌で週一でしか活動していない読書部なる部活に入ったのはいいものの、三年の女部長から「夏休みと言えばこれでしょ!」と四百字詰めの原稿用紙三枚を手渡されたときは軽く絶望したものだ。
即行で一人で書くことを諦めた俺は、ある人物に協力を依頼した。
中野加奈。部活もクラスも俺と同じで、多くの時間を共に過ごすうちに自然と男女の仲になっていた。クラス一おとなしい彼女は、部活がない日も毎日学校の図書館に通っており、休み時間や自習時間も暇さえあれば本を読んでいる、筋金入りの文学少女だ。
そして今、俺は学校の図書館で感想文を書き進めている真っ最中。すでに自分の分を書き終えたという加奈が手伝ってくれているが、まだ二枚目の原稿用紙に入ったばかりなので先は長い。
「ふあぁ……」
軽くあくびをすると、俺の集中力が途切れていると感じたのか、加奈はバッグの中から自分の原稿用紙を取り出した。
「軽くでいいから読んでみて。何かわかるかも」
「ん」
俺は加奈の感想文に目を通した。小さくて綺麗な字だ。「素敵だった」「美しく感じる」「心を動かされた」――――。難しい言葉や複雑な表現はなく、文字通り「読書の感想」を綴っているだけの文章で、稚拙さすら感じる。しかしそれゆえに、彼女が心の底から読書を楽しんでいることがありありと読み取れる。素人目に見ても、一つの「文学作品」としての完成度が非常に高いのがわかる。
「……すごいな。なんでこんなの書けるんだ?」
俺は思わずつぶやいていた。
「好きだから。人間は、好きなことしかできない生き物」
加奈は少しうつむいた。
「あたしもそう。本を読むのも、文を書くのも、……竜也とこうして一緒にいるのも、全部、好きだから」
「なるほどねー……って、え?」
思わず聞き流しそうになったが、これって、もしかして――――。
「だから、竜也も書くことをす、好きになる必要がある。あ、あたしも手伝うから、一緒に頑張ろ?」
窓から差し込む夕日が、加奈の頬を赤く照らす。
……苦手なことに挑戦するのも、たまには悪くないな。
読んでいただきありがとうございます。
この作品は前作の「偽物の恋を、きみではないキミと。」の前日譚となっています。この話は竜也と本物時代の加奈の一幕として単体で完成した作品にはしてあるのですが、ぜひ前作の方も読んでいただけると嬉しいです。
連載化はしないと以前あとがきでは書きましたが、実はこの二人のお話をもう一つ二つ考えてありますので、そちらも楽しみにお待ちいただけたらと思います。
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