婚活してみた side夢子
片桐雄一さん、27歳。
2つ年下なのは、まあ許容範囲。本当は年上の方がタイプだけど、もうそんな贅沢言ってる場合でもない。
職業はSE。SEって何ぞや? よくわかんないけどコンピューター関係の頭良さそうな仕事ってことは何となくイメージできる。その程度の知識しかない私でも聞いたことある有名な大企業にお勤めしているらしい。
趣味は推理小説を読むこと。これが私へのクリティカルヒットだった。私が好きなとあるシリーズを読破していたから。そこそこ有名な作家さんの書いてるシリーズだけれど、全部しっかり読んでる人はリアルではお目にかかったことがない。
興奮の余り、婚活ということも忘れてただただ愛読書への思いを書き綴った恐ろしく長文のメッセージを送りつけてしまった。
しまった、絶対引かれるわこれもう終わりだわ、と打ちひしがれていた私だったけれど、彼は丁寧な返信を何と2回に分けて送ってきてくれた。私の感想に対する感想だとか、こんな考察もできますよ、みたいな新しい見方を教えてくれた。なるほどねえと感心しきりでまた愛読書を読み直すきっかけにもなり、本当に目から鱗が落ちる経験をした。
そんな雄一さんから『今度会いませんか』というLIMEトークを受け取ってからもう一週間。
悩みに悩みに悩み続け、まだ返事を送れないでいる。
「ねえ修。顔が超絶好みで話合わない人と、顔は好みじゃないけど話がもの凄く合う人がいたら、どっち選ぶ?」
「究極の選択ってやつか。俺だったら話が合う方だな」
「じゃあ顔が超絶好みで話も合ったら?」
「何言ってんだお前」
落ちたものでも拾って食べたのか、なんて失礼なことをほざく修を尻目に、私は項垂れた。
会いたいか会いたくないかで言えば、会ってみたい。
でもねえ……この歳で変な詐欺に遭ったり犯罪に巻き込まれたりしたら笑えない。話のネタにさえなりゃしない。
季節は11月。だいぶ冷え込んできた今夜も相変わらず修の店に入り浸り、アイリッシュコーヒーで体を温めている。
婚活パーティーも相変わらず参加し続けてはいるものの、良い出会いはどこにもない。むしろ無言で会釈し合うような意味のない顔見知りがどんどん増えてきて、チャンスは減る一方。まあいかにも婚活パーティー慣れしてそうな女には誰も近付きたくないわな。誰も笑ってくれない自虐を一人呟いてみたり。
八方塞がりなのよね、正直。
雄一さんがとんでもない地雷だったとしても、それならそれで綺麗さっぱり次に行けるから、良いんじゃない? なんて……。
その時、いつかのようにバッグの中でスマホがぶるぶると震え着信を知らせる。
反射的にさっと画面をタップすると、雄一さんから。
『困らせてしまいましたか? すみません、この前のは忘れてください』
こっちが一向に返事をしないものだから怒ってるのかと思いきや、この内容。
何なのさ、この優しさは。それとも、押してダメなら引いてみろって戦法?
どっちにしたってグッと来た。胸をぐわっと鷲掴みにされた感じ。
詐欺ではないな、これは。うん、多分大丈夫。女の直感がビシバシと物語っている。
私はスマホからばっと顔を上げた。瞬間、グラスを丁寧に磨いていた修がびくっと肩を揺らした。
「何だ? ついになんか悪いものにでも取り憑かれたか?」
「修は私に何かあったら骨くらい拾ってくれるわよね?」
「まあ……裏の用水路に散骨くらいはしてやるよ」
「よっしゃ。ちょい行ってくるわ」
ばしばしと両頬を叩き、私は立ち上がった。
そこからとんとん拍子に話は進み、土曜の午後、私の最寄駅の近くにあるカフェで雄一さんと会うことになった。
待ち合わせの時間5分前に着いて店内を見回すと、それらしき人の姿はない。
先に着いているであろう雄一さんを入り口からこっそり盗み見て、声をかけるかどうか判断する。という作戦は見事に打ち砕かれた。今更ここを出て外で鉢合わせるのも気まずいし、もう覚悟を決めて雄一さんが来るのを待つしかない。
テーブルにつきカフェオレを注文し、ちょうど運ばれてきたタイミングでついにその時が来た。
「夢子さん?」
柔らかく穏やかな声が背中から聞こえてきて、私はゆっくりと振り向いた。
目印にと私がテーブルに置いた青いハンカチをじっと見つめている、この人が……雄一さん?
ワインレッドのトレンチコートを羽織って行くと言っていた雄一さん。確かに目の前にいる彼はワインレッドのお洒落なトレンチコートを羽織っている。私を虜にしたプロフィール写真の面影もある。
でも。でもでも。
「え、何どういうこと? 逆加工?」
私の真正面に立つ彼は、ぱっちり切れ長の瞳にすっと高い鼻、茶色く染まった髪は見るからにサラサラで、イケメン中のイケメン。どストライクど真ん中、はっきり言って写真より実物の方が断然カッコいい。
がしかし、27歳には見えない。どう高く見積もったって21歳か22歳、下手すれば高校生くらいにも見える。
あんぐりと口を開けたまま固まった私に、彼はブハッと吹き出した。お腹を抱えて笑い転げ、しまいにはそのキラキラした瞳にうっすら涙を浮かべながら、私の向かいに座った。その様子を食い入るように見つめながら、私はまだ開いた口が塞がらない。
「うん、まあそんなところ。騙してごめんね?」
ウェイトレスさんからお水の入ったコップを受け取り、にっこりと微笑む。おそらく学生バイトであろうウェイトレスさんは、オレンジジュース、と案外可愛い注文をする彼の声を聞いたのか聞いていないのか、真っ赤になりながら一目散に厨房へ走って行った。
恐るべしイケメンパワー……。
トレンチコートを脱ぐと中は薄いグレーのスウェットで、いかにも学生っぽい。もの凄い童顔って線はこれで消えたな。
「えっと……片桐雄一さん、で良いのかな?」
「いや、それは偽名で本当は和真って名前。20歳の大学生だよ。でもメッセのやりとりしてたのは正真正銘、俺。だから偽物っちゃ偽物だし、本物っちゃ本物、みたいな?」
うーん、見た目もさることながら中身も想像以上に軽い。というかチャラい。ガラガラと崩れ去る私の中の雄一さん像。
でも。
イケメンなんだよなあ。
本当そこら辺の若手イケメン俳優と呼ばれる人種と並んでも大差ないくらい、なかなかお目にかかれなさそうな美少年。
くそー、私が後10歳くらい若ければ……なんていかんいかん、下世話な想像ストップ。
すぐに運ばれてきたオレンジジュースに、和真くんはにこにこと笑顔を崩さないままストローを挿した。
「じゃあ和真くんは、その、婚活してるわけじゃ……ないよね?」
「まさか、するわけないじゃん」
人を小馬鹿にしたような乾いた笑いを漏らす和真くん。普通の人にやられたらイラっとすることも、これだけのイケメンだとそれさえもほうっと見惚れてしまう。イケメンバイアス無敵すぎる。
「年上のお金持ってるお姉さんとちょっと遊んでみたかっただけ。夢子さん良い仕事に就いてるし、ほどほどに遊び慣れてそうな感じだったからちょうど良いかなって」
ははーなるほど。
和真くんは私のプロフィールにつられたわけね。
職業、社長秘書。
嘘じゃないけど、ちょっと語弊がある。
私が勤める会社は家族経営で、社長の奥さんが専務、社長の息子さんが営業課長、社長の娘さんが広報部長、その他社員は私含め7名というとってもこじんまりした会社。いちおう社長秘書として入った私の実際の仕事は、お茶汲みやコピーはもちろん、剥がれかけた壁の修理だの社長のお孫さんのお世話だの、早い話がありとあらゆる雑用。
多分、和真くんが期待する社長秘書とは少し、いやだいぶかけ離れている。
「で、どうですかね、俺。夢子さんの好みじゃない?」
和真くんはにこにこと満面の笑みを浮かべ、ずいっと前に乗り出し距離を詰めてくる。
「うーん、好みじゃないわけじゃないんだけど」
さすがに学生さんにまでは触手は伸びない。イケメンは好きだけどこれだけ歳が離れてるとまあ、ただ愛でてたいというか単なる鑑賞対象よね。
こっちは本気で結婚したくて来てるんだからふざけるな、ともっと怒っても良いんだろうけど、眼前に広がる美しい顔に声を荒げる気も削がれる。
「だったら俺と遊ばない? 一回きりでも良いよ。あ、まずはご飯でも行く? 夢子さんだったら高くて美味しいところ知ってるでしょ」
キラキラと目を輝かせて私の手を握る和真くん。うん、見た目通り女慣れしてる。
でも、何ていう会社に勤めてるのか、せめて会社の規模とか業種とか、その辺りをきちんと確認もせずに、社長秘書=高収入って考えるのはちょっと安易すぎるんじゃないかい?
これだけのイケメンでちょっとその辺の思考が抜けてるって心配。この先、変な女に騙されて痛い目見そう。
余計なおせっかい心が私の中でむくむくと膨らみ始めた。
「和真くん、お金が欲しいの?」
「欲しいっていうかまあ、ぱーっと使ってみたい気分?」
「そっか。で、大人の遊びがしたいと」
「そうそう。刺激的な夜を求めてる感じ?」
「オッケーわかった」
伝票を持ち、私は席を立った。
「夢子さん、どこ行くの?」
「内緒。黙ってついてきたら良いことあるかもよ」
これもまた運命の出会いなのかもしれない。
何だか面白くなってきた。