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婚活しなきゃ side夢子

「もうそのくらいにしとけ」


 カウンターの向こう側から(しゅう)の呆れたような声が飛んできて、いつの間にかグラスは空になり頭がふわふわと軽くなっていることに気づいた。

 アルコールに弱い私はいつだってちゃんと自分で自分にセーブかけてる。こんな風になることは滅多にない。


「……こんなになっても、私を気にかけてくれるのは幼馴染の修だけか」

「聞き捨てならないな。俺がいなかったらお前にはもう誰もいないってこと、わかってる?」

「落ち込んでる相手にそんな追い討ちかけるようなこと言う?!」


 わーっと泣き喚きカウンターに突っ伏す私。幸いにも他にお客さんの姿は見えない。と言うか、この店に私以外の人が来ているところは殆ど見たことない。

 やれやれ、と修はため息を漏らしつつ、私の前にレモン水のグラスをそっと置いてくれた。何だかんだ言いつつこいつは私には甘い。





 佐藤夢子(ゆめこ)、29歳。

 大学の頃から約8年お付き合いしていた彼氏に今日、ふられました。


 大学卒業する時に一度結婚の話は出た。でもその時は、このまま社会に出ないまま結婚して妊娠、出産……となるのが怖くて私から断った。

 サークル仲間として友人から始まった私達は、付き合っても変わらず常に対等だった。それが私にとっては居心地が良くて、だからこそ一度はちゃんと彼と同じように社会に出たかった。

 ただ、結婚するなら彼以外あり得ないとは思っていたから、お互いに目標の貯金額が貯まったら同棲しようと約束して、仕事に邁進して、週末にはお互いの家に泊まりに行ったり、ちょっと遠出してデートを楽しんだり。

 それから早数年、仕事も順調、お金もだいぶ貯まってきたし、良いお年頃にもなってきた。そろそろ……というところで、爆弾投下。


 はい、二股されておりました。

 お相手は会社の同期の女の子。入社当初からお互い気になってて、そのまま良い感じになって、このたび妊娠発覚……だとよ。


 いやいやちょっと待て。入社当初からってそれ何年前よ? 五年以上被ってたってことかい。てか何、この場合私が浮気相手だったみたいな? おかしくないですか、私の方が付き合ってる年数長いのに? いやでも割とまめに私達会ってたと思うんですけど、同時進行で妊娠までさせちゃうとか、あんた実はそんな器用な人間だったわけ? 


 言いたいことはそれこそ怒涛のように次々と湧き上がってきたものの、泣いてすがるような真似はしたくないという変なプライドが私の口を塞ぎ、結果としてピンヒールで彼の大事なところに蹴りを一発かましてやることで、私達の関係は呆気なく終わった。


 そうして駆け込んだのが、幼馴染の修が経営するバー。

 

「まあ、あれだろ。早い話が夢子に男を見る目がなかったってことだろ」

「だから追い討ちをかけるようなことを言わないでって言ってるでしょうが」

「良かったじゃん。そんな奴に一生を捧げる前におさらばできて」

「あーはいはい、それで慰めてくれてるつもりなわけね、ありがとよ」


 修が出してくれたレモン水を一気に煽り、ぷはーっとそこらのおっさんみたいな情けない声が零れる。


 真面目な話、こんなところでくだ巻いてる場合じゃないのよね。

 家族にも友人にも、そろそろ結婚かも? なんて匂わせちゃってたし、それがなくとももう年齢が年齢だ。30歳までには結婚して、ハネムーンベイビーを授かって、なんて私的計画を遂行しようと思ったら、もうカウントダウンはとっくに始まっている。


「……決めたわ。私、婚活する!」

「婚活? またお前には酷く不釣り合いな言葉が出てきたな」

「何とでも言えば良いわ。もうなりふり構ってられないのよ。婚活する! 婚活して何としても今年中に最高の彼氏ゲットする!」

「今年中ってことは後3ヶ月か。まあせいぜい頑張れよ」


 全然心のこもっていない声に背中を押され、私は意気揚々と店を後にした。






 家に帰るとメイクを落とすのもそこそこに、さっそく「婚活」とネットで検索してみた。夥しい数の情報量に一瞬ひいっと悲鳴を上げそうになったものの、何とか堪えてそれらを一つ一つチェックしていく。

 有料会員制のお見合いパーティーから気軽な婚活パーティーまで、ありとあらゆるものがネット上には転がっている。どれが安全でどれが危険かとか、どう判断したら良いかもわからない。とりあえず名前を聞いたことがあるサイトを何件かブックマークして、それらの口コミを調べてあーこんなもんなのねと評価を下す。

 と、今日はここまででいったん中断。夜更かしはお肌の大敵です。お休みなさい。







 翌日から、ある程度目星を付けたサイトに片っ端から登録して、週末に開かれるパーティに参加しまくるという生活が始まった。


 始めのうちこそ初めての経験にわくわくしながら参加していたけれど、すぐにそんな新鮮な気持ちは塵となって消え飛んでいった。

 どこに行っても自己紹介の後に繰り広げられる会話は大体同じ。結婚したら専業主婦になってほしい、あるいは結婚しても働いてほしい。実家の近くに住みたい、親がもう高齢で心配だから優しい人を嫁にしたい、うんぬん。


 ……いやまあ、確かに結婚を目的とした出会いの場だけども。まだ出会って数分の女性相手に、そこまでぶっちゃけますかね普通。

 もっとこう、お互いの関係を深めるための話題ってあるんじゃないの。共通の趣味を探すとか、最近見た映画とか好きなレストランの話とか。







「なーんでそういう地道な歩み寄り?を面倒がるかなあ。お互いのこと知って好きになって、いっぱい同じ時間を過ごしてもっと好きになって、あーこの人とずっと一緒にいたいなあって思って、結婚……ってなるんじゃないの?」

「そういうまっとうな道を歩めなかった人間の集まりだろ、婚活なんて」


 結局、こうしてまた修のお店でくだを巻いている。


「もちろん全員が全員そういう感じってわけじゃないわ。中には、あーこの人は私と同じ感覚だって人もいるの」

「そういうのは大体初参加同士でカップルになっておさらば、残るのは常連ばかりってか?」

「……よく知ってるわね」


 そう、修の言う通り。

 見た目爽やかで会話もウィットに富んでて面白い、なんて男の人は大体、いかにも婚活初めてって雰囲気の白いワンピース着たゆるふわ系女子とあっさりくっついて、おしまい。

 後に残るのは、あれついこの前別のパーティーで会いましたよねって感じの見覚えある有象無象なメンバー。私もその中に名を連ねつつあるという悲惨な状況だ。


「そんな婚活事情に詳しいなんて、もしかして修……婚活したことあるの?」

「阿呆か、あるわけないだろうが。客から聞いた話だよ」

「え、ここ私以外にお客さん来るの?」

「お前なあ……金曜と土曜はこれでもそこそこ流行ってんの。夢子しか来ないならとっくに畳んでるわ」


 それは初耳だ。

 たしかに私がここに来るのは大抵水曜か木曜だけど。


「へえそうなんだ。上手くいってるんだ」

「それなりにな。お前、今日は飲みすぎないうちにさっさと帰れよ」

「はいはい、ご心配いただきありがとうございますー」

「いちいちうっとおしいわ」


 これ見よがしに深々とお辞儀をして見せると、修は舌打ちしながらもお決まりのレモン水を出してくれた。

 それをちびちびと口にしながら、修の手元を視線だけで追う。


 修と私は同じ団地で育った、幼稚園からの仲。中学に入ってお互いの家が引っ越しても何故だかお互いに連絡を取り合って、遊んだり一緒に勉強したりした。

 高校生の頃、修は知り合いのバーで学校に内緒でバイトするようになって、そのうちにバーテンダーになりたいと言い出して。親と大喧嘩して高校中退した時はどうなることかと思ったけど、今じゃこうやって念願の自分の店を持っている。立派なもんだ。


 修は慣れた手つきでシェーカーを振り、出来上がったカクテルをグラスに注いだ。


「何それ、私何も頼んでないけど」

「誰がお前にやるっつったよ。これは俺の」

「仕事中に飲酒?」

「良いんだよ。今日はもう夢子だけだから」


 前言撤回。

 大丈夫か、この店こんなんで。もちろん口には出さないけれど。


 と、バッグの中でスマホが震えていた。


「何、電話?」

「いやLIMEだわ」


 母親だったら嫌だなあ。結婚をぷんぷん匂わせドヤ顔してた過去の自分を張り倒してやりたい。

 バッグに手を突っ込んでさっとスマホをチェックする。


 おっと、これは。




 実は私、いわゆる婚活SNSも登録していたりする。プロフィールと写真を見て良いと思った人とサイト上でメッセージのやり取りして、気が合えば本当の連絡先交換して直接会う、みたいな流れのやつ。

 これってひと昔前に流行った出会い系サイト的なのだよね。プロフィール写真なんて加工に加工を重ねた詐欺まがいのばっかりだし怪しいことこの上ないけれど、真面目な出会いを探している人が対象、との宣伝文句に踊らされてつい登録してしまった。


 ところがこの特に何の期待も抱いていなかったSNSで、びっくりするほど話の合う人と出会ってしまったのだ。

 最初はプロフィール写真が好みど真ん中で、でもまあこれも加工済みなんだろうなあ、なんて思いつつメッセージを送ったらすぐに返事がきて、そこからあれよあれよと言う間にすっかり仲良くなってしまった。

 で、今……。


『今度会いませんか』


 思い切ってLIME交換してから初めて届いたトークがこれ。

 久々に、本当に久々にちょっとときめいた。


「どうした?」

「いや、何でもない。母親から」


 そう言いながら必死にニヤけそうな口元を引き締めようとするものだから、きっと今の私はとんでもなく変な顔をしている。修の私を見る目がいつにも増して冷たい。


 うーん、どうしよう……。


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