持っていくもの
「じゃあ、明日は……」
「先生」
教室のあちらこちらから、次々に手が挙がった。
「バナナはおやつに……バナナは持ってっても大丈夫ですか?」
おかっぱ頭の少年の質問に、先生は残念そうに首を振った。
「いいえ。バナナは持っていけません。おやつも、ダメですよ」
「えー!」
子供たちは不満そうに顔を見合わせ、それから教壇に立つ先生を質問攻めにした。
「じゃあ、ゲームは? 漫画は持っていけますか?」
「いけません」
「教科書も?」
「そんなもの、今まで持って行った人はきっといないでしょう」
先生の言葉に、少女は不思議そうな顔を浮かべた。
「僕、犬飼ってるんだけど……」
「まさか、一緒に連れて行くつもりですか?」
「……いいえ」
「好きな人は?」
「同じことです!」
「お小遣いは、いくらまで?」
「お金もダ〜メ!」
「そんなぁ」
「先生! 私いま風邪引いてるんですけど……大丈夫ですか?」
「心配いらない。病気も持っていけません。あっちの人に風邪がうつったら、大変だからね」
ホッとしたような顔の生徒に、先生はほほ笑みかけた。それでも教室のざわつきは、まだ収まる気配を見せなかった。
「ヒドイや。おやつもダメだなんて」
「ゲームも漫画もナシって……どうやって暇潰しゃいいんだよ?」
「お金もダメ?」
「ペットも……家族も恋人も禁止」
「経験は? 知識は?」
「思い出とかはどうなんだろう?」
「じゃあ何のために勉強してるの?」
「お洋服たくさん買ったのに……」
「体は、さすがに持って行けるよね? 運動できなきゃツマンナイよ」
「魂は? 魂や心なんてものが、私たちの中に本当にあるの?」
「先生。じゃあ、一体何が持って行けるんですか? その、”あの世”ってのは」
真ん中にいた生徒が立ち上がった。
教室が静かになるのを待って、先生は皆を見渡し、やがてゆっくりと口を開いた。
「それは、先生にも分かりません。ですが、皆さんも、きっと何かを遺して逝くことは出来ます。とにかく明日は、各自持って逝きたいものをリュックに詰め込んで……ちゃんと持って逝けるかは分かりませんが……朝7時には集合して下さい。そんなに哀しい顔しないで。お盆や墓参りの時に、還って来るまでが人生ですよ。ハイ、今日はここまで! それでは皆さん、さようなら。また向こうでお逢いしましょう」