ジークベルト 1
閃いた剣先は、雷光の速さに及ぶべくもない。
それどころはそれは、剣術の道理に従っていない出鱈目で、力任せな一撃であった。
そんな一撃であれば、誰もが容易に回避してしまうだろう。
それは魔人、ジークベルトも例外ではなかった。
「はははっ!!なんだなんだ、どうした?その程度か!?」
一撃では留まらない連続も、ジークベルトは余裕を持って回避して見せている。
彼のそれを振るう相手を見下して煽っている様子見れば、それを幾ら繰り返してもその身体を捉える事はないように思われた。
「もうっ!ちょこまか動かないでよ!!当たんないじゃない!!」
もはや回避するだけでは飽き足らず、おちょくるようにひらひらと身体を動かしているジークベルトに、彼へと剣を振るうセラフは苛立ち混じりに文句を叫んでいる。
彼女は尚も剣を振り続けているが、その剣先は既に鈍りつつあった。
それは彼女の肩で息をしている姿を見れば、一目で分かるだろう。
これまで、まともに冒険に取り組んでこなかった彼女の体力は冒険者のそれではなく、日常的に運動を行っている女性のそれでしかない。
それが剣を振るって戦い続けるなどという重労働を、長くは続けられる訳もなかった。
「やはり、やはりだ!!俺様の考えは正しかったな!!レベル一桁の攻撃など、俺様は食らわない!しかし、しかしだ!レベル一桁でなければ俺様を傷つけれらない!!それはつまり!!俺様を傷つけられる者は存在しないということじゃないか!!はーっはっはっは!!!」
肩で息をしているセラフは、やがてそれでも間に合わなくなると剣を床へと突き刺して、完全に手を休めてしまっていた。
そんな彼女の姿を目にしたジークベルトは、先ほどの狼狽が嘘のように勝ち誇っている。
それは自らが施した結界が、その目論見を違えることなく、自分を完全無敵の存在へと押し上げたと確信したからのものであった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・な、舐めないでよね。ま、まだまだ・・・こんなもんじゃないん、だから」
ジークベルトの言葉は、完全に目の前の相手であるセラフを舐めきったものだ。
それに苛立つセラフはしかし、身体を支える剣から手を離せずにいた。
それは彼女の覚悟の現われでもあったが、隠しきれない疲れを示してもいる。
それはどうしようもなく、大きな隙を晒してしまっていた。
「おいおい、どうしたどうしたぁ!?もう終わりかい、お嬢ちゃん?だったら・・・今度はこっちからいかせてもらうぜぇ!!」
いくら封印を解かれたばかりで力が戻ってはいないといっても、彼は伝説の魔人である。
それが目の前の女一人、相手に出来ない筈がない。
ましてやそれが、疲れ果て隙だらけであるというならば尚更。
「えっ、嘘でしょ!?そんなのありなの!?きゃあああっ!!?」
これまで、一方的にこちらが攻撃するばかりで、全く反撃してこなかったジークベルトに、まさかそちらから手を出してくるとは思わなかったセラフは、迫りくる彼の腕に思わず驚きの声を上げる。
その腕には明らかに人のそれとは異なった、鋭い爪が伸びている。
その鋭さは恐らく、一息で彼女の命を奪うだろう。
しかし疲れきっていたセラフは、その脅威に対して悲鳴を上げることしか出来なかった。
「・・・いちいち騒ぐな。耳が痛い」
なにものをも切り裂くような魔人の爪も、その鋭さを正面から受け止めなければ対処のしようもある。
平を流して腕へと弾いた刃は、今やその手を受け止めてセラフを守るように立ち塞がっている。
身の危険にすっかり縮こまり、蹲ってしまっているセラフを見下ろした褐色の男、マックスは溜め息を漏らしてはその大声へと苦言を呈していた。
「はぁ?そんなのこっちの勝手でしょ!!そんな事いうぐらいなら、もっとちゃんと守りなさいよね!!」
いつまでもやってこない痛みに、恐る恐る顔を上げたセラフも、安心した矢先にそんな皮肉を告げられれば、文句の一つも返したくなるというもの。
もっとも彼女の場合、それが一つではすまなくなるという問題はあったが。
「心配するな、絶対に守ってみせる。お前には、指一本触れさせはしない」
「っ!!?」
照れ隠しを混ざったような憎まれ口に、真っ直ぐ返されてしまえば言葉に詰まる。
口論が続く事を覚悟して、次の文句を用意していた口は、マックスのその言葉によってパクパクと空気を食べるだけとなって、何も言い返せなくなってしまっていた。
「な、なによ!ちょっと格好のいい事いっちゃってさ・・・」
慌てて背けた顔は、赤く染まってしまった頬を隠すためか。
真っ直ぐにこちらを見詰めてくるマックスの瞳に耐え切れなくなったセラフは、その瞳を逸らすとぶつぶつと一人言葉を呟いている。
「大体、私が切り札なんだから、それを守るのは当たり前なんだからね!!」
「ふっ、そうだな。なら、しっかり守られるんだな」
「ふふーん、任せない!そういうのは得意なの、私!!」
恥ずかしさに口について出た言葉は、憎まれる内容を語っている。
しかしそんな彼女の言葉に、いつもの姿を感じ取ったマックスは、薄く唇を歪めるとその前へと立つ。
彼が口にしたのは、セラフの言葉に対する皮肉であろう。
しかしそれを素直に受け取った彼女は、調子に乗ったように腰に手を当てては、まるでそれが自慢であるかのように情けない事を口走っていた。
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