交渉 3
「はっはっはぁ!!あのまま逃げ帰っとけば、全部丸く収まったってのに!!ご苦労さんだな、まったくよぉ!まさか本当に、ただ交渉しているだけだとでも思ってたのか?ば~~~っか!!んなわけねぇだろうが!!」
慌ててその場から逃げ出そうとしているマックス達の姿に、ジークベルトは心底嬉しそうにばたばたと両足を暴れさせると、彼らを馬鹿にするように見下した表情を浮かべている。
それは先ほどまでの交渉が、この罠を発動するための時間稼ぎだったことを意味している。
それにまんまと引っかかったマックス達を見下すジークベルトの表情は、完全に勝ちを確信したものであった。
「さてさて、そろそろ仕上げといきますかね?・・・弾けろ」
必死にその場から逃げ出そうとしているマックス達は、その実そこからほとんど動けていない。
それは彼らの近くに存在する椅子から、そうした力が発されているからか。
逃げ場のない彼らの姿をゆっくりと見渡したジークベルトは、再びどっかりと椅子に座り直すと、短く呟いている。
それは発動の言葉だ。
それを証明するように次の瞬間、爆音が響き渡り、黒い風が辺りを塗り潰していた。
「ははは、はっはっはっは、あーっはっはっはっは!!!どうだ、これが魔人の力だ!!思い知ったか!」
吹き荒れた嵐の終わりに訪れた沈黙は、その威力のほどを物語っている。
そしてその沈黙を打ち破った笑い声もまた、それが齎した結果を物語っていた。
その場には、勝ち誇った笑い声を漏らすジークベルトだけが残されている。
それはその言葉に反論する者が、誰も残っていない事を示していた。
「痛たたた・・・なんなのよ、もう。アリー、ランディ?貴女達は大丈夫、だった・・・?アリー、ランディ!?返事しなさい!!ねぇってば!!」
しかしそこに、むくりと起き上がる人影が一つあった。
それはどこから降りかかった瓦礫を振り払うと、痛む頭を押さえて文句を零している。
そうして起き上がった女性、セラフは近くにいた筈の二人へと声を掛けていた。
しかしそれに、返事が返される事はない。
何故なら彼らは、彼女を庇ってその場に倒れ伏してしまっているのだから。
「はははっ!こりゃ傑作だ!!戦力にもならない奴を、必死に庇って生かすってか!?いやぁ、人間の助け合いの精神って奴は、実に美しいねぇ」
アリーは強敵であったバルトルトに、止めを刺した腕前がある。
ランディは治癒のポーションを切らしてしまったと漏らしていたが、彼にはそれ以外にも戦う手段があったかもしれない。
その二人が、今まで戦いに参加してすらいなかったセラフを庇って倒れたのだ。
ジークベルトからすれば、それは愉快で堪らないだろう。
事実彼は腹を抱えて笑い転げると、可笑しくて堪らないと大声で叫んでいた。
「いやぁ・・・もしかすると、俺様を事を思ってそうしてくれたのかぁ?ははっ、そりゃ礼を言わないとな。どうもありがとう、俺様の好みの女を守ってくれて」
散々笑い転げたジークベルトは、ある時ふと思いつくと、彼らの行動に別の意図があるのでないかと考えていた。
それは彼らが彼のために、その好みの女性であるセラフを守ってくれたというものだ。
彼は自らのその考えに何度も頷くと、彼らに感謝するように軽く頭を下げ、足を進め始めていた。
「そんじゃ、早速頂くとしますかね?いやぁ・・・やっぱりこういうのは、生きたままじゃないとね」
一歩一歩、大きな歩幅で近づいてくるジークベルトは、セラフを咀嚼する光景を思い浮かべては舌なめずりをしている。
そんな彼の姿を、セラフは目にしているだろうか。
彼女は倒れ伏してしまったアリーとランディの身体を揺するばかりで、そちらに目を向けてすらいない。
しかしその方が良かったのかもしれない、彼女の実力では何をしようと魔人には敵わないのだから。
「・・・まれ」
「あぁ、何だぁ?まだ生き残りがいたのか?」
そんな魔人、ジークベルトの背中に掠れた声が届く。
それはいかにも弱弱しく、もはや死を間近にした者の最後の言葉といった様相であった。
生き残りの存在に驚いても、そんな状態の声ならば恐れるまでもない。
そう判断して、ジークベルトは自信満々な様子で後ろへと振り返る。
「・・・止まれ。そいつには、指一本触れさせない」
「へぇ?そりゃ怖い。それで・・・嫌だといったら、どうするんだい?」
自らに降り積もった瓦礫を押しのけて、ボロボロの身体を引きずり立ち上がったのは、その褐色の肌をさらに黒く汚したマックスであった。
彼はそんな状態になりながらも手放していなかった剣をジークベルトへと突きつけると、セラフには指一本触れさせないと宣言している。
そんな彼の決意を、ジークベルトは嘲笑うように唇を歪めていた。
「そうか・・・なら、死ね」
ジークベルトのおちょくるような言葉に、短く嘆息を漏らしたマックスはそのまま、自らの身体を引きずっては前へと進み始めている。
それは最初こそ、亀が這うような速度であったが、徐々にその速度を増していき、今や駆けるそれに近くなっていた。
「おいおい、無茶するな、よ・・・?ちょ、ちょっと待て!?マジか、お前!?」
余りにもボロボロなマックスの姿に、何も出来やしないと高をくくっていたジークベルトは、もはや全速力に近くなった彼の姿に、焦りが隠せなくなってしまっていた。
余裕たっぷりに構えていたジークベルトに、今更逃げ出す時間はない。
そのため彼は必死に腕を伸ばして、マックスに止まるように訴えかけようとしていた。
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