交渉 2
「待て待て待て!結論を急ぐな!!こういうのはどうだ?あんた達が今退いてくれるなら、俺はしばらくここから外に出て行かない。な、それなら問題ないだろう?流石の俺様も、ここからじゃ何も出来やしないさ」
マックスが完全に不退転を告げれば、それは戦いの再開を意味している。
それを慌てて制止し遮ったジークベルトは、彼らにある提案を告げていた。
それは彼らが今退いてくれるならば、自らもここで退こうというものであった。
「・・・それは、どれくらいだ?一年か、十年か?まさか十日とはいうまいな?」
ジークベルトが見せた明らかな譲歩の姿勢に、流石のマックスもすぐには結論が下せずに黙ってしまっている。
そこに彼と対峙するもう一人の男、ブラッドが口を開く。
それはジークベルトの提案を受けることを前提にした、探りの言葉であった。
「ブライアン!?貴様、何をっ!!?」
「マクシミリアン、聞くんだ!!このまま戦えば、私達は間違いなく全滅する!ここには殿下もおられるのだぞ!それに・・・私達が死して後、一体誰が魔人と戦うというのか!それを、よく考えるんだ!!」
ジークベルトの提案に同意する姿勢を覗かせたブラッドに、マックスはまるで裏切られたかのように驚き、彼を睨みつけている。
マックスはもはや、そんなブラッドを手に掛けようとその得物にまで手を伸ばしていたが、それは彼の肩を掴み、必死に訴えかけてくるブラッドによって制止させられていた。
「それは・・・しかし!!」
魔人の復活の危機を事前に察知して動いていたのは、マックスとランディの二人だけだ。
そしてその二人は大貴族の当主と、次代の王となる人物であった。
ここで彼らの命が失われれば、一体その後誰が魔人討伐の旗を振るのか。
それは甚だ、不透明なものであった。
「そうだなぁ・・・じゃあ、こうしよう。あんた達人間の寿命は、そう長くなかったよな?なら百年、俺様はここに留まろう。どうだ?それならここにいる者達はとっくに死んじまってるだろ?その後のことなんて、放っておけばいいじゃねぇか?な!」
ブラッドの言葉に納得しかけてしまったマックスは、それでもと反論を続けようとしていた。
しかしそれも、ゆっくりと喋り始めたジークベルトの言葉によって口を噤まざるを得ない。
彼はその口で、今後百年ここに留まると話している。
それは人間の時間感覚でいえば、十分過ぎるほどに長い猶予であった。
「そんな話、信じられるものか!!」
「マクシミリアン!!」
百年も後の時代ならば、彼らが所属しているハームズワース王国すら続いているか分からない。
そんな遠い未来の危機までも、心配する必要があるのかという疑問は、ジークベルトのその提案を受ける動機となってしまう。
しかしそれでも、マックスはそんな話信じられないと突っぱねていた。
「聞け、ブライアン!!奴が何故、そうまでして俺達を退かせたがっているのかを考えるんだ!!魔人が本当に、伝承通りの力を持っているならその必要などないだろう!?」
額面上はおいしい話に聞こえるジークベルトの提案に、それを突っぱねてしまったマックスへと、ブラッドは叱責の言葉を鋭く放っていた。
しかしそれには、マックスも言い分があるのだと激しく言い返している。
彼はどうやら、ジークベルトが執拗に彼らを退かせたがっている事が気になっているようで、それをブラッドへと訴えかけていた。
「それは、確かに・・・では何故?」
「決まっている、時間稼ぎだ!!やはり急いだのは正しかった!奴は復活したばかりで、往時の力はない!!だから今こそが、仕留める唯一のチャンスなんだ!退く選択など、断じて有り得ない!!」
マックスの言葉に同意する姿勢を見せたブラッドは、その理由を彼へと尋ねている。
それはマックスは、はっきりと断言していた。
時間を稼ぐためだと。
元々、マックスがこうまで魔人討伐を急いだのは、それが復活直後で力が戻っていないと考えていたからだ。
ジークベルトの執拗な言葉に、それを確信したマックスは、やはり自らの考えは間違っていなかったと断言している。
その言葉にはブラッドも納得するしかなく、押し黙っていた。
その沈黙に、パチパチと拍手の音が響く。
それを打ち鳴らしていたのは、彼の意見に誰よりも賛同する男であった。
「いやぁ~、参った参った。正解だよ、あんた。そうまで見抜かれちゃあ、しょうがない・・・」
パチパチと疎らな拍手を送りながら、マックスの意見は正しいと賞賛するジークベルトは、まるで全てを諦めてしまったかのような仕草で、どっかりと椅子に座り直している。
そうして彼は、まるで決まった型があるかのように身体を揺り動かすと、その両手でしっかりと肘掛を掴んでいた。
「―――これで、お終いだな」
そう短く囁いた言葉を合図に、ジークベルト座る椅子が光を放ち始める。
それはすぐさま彼の足元へと広がり、マックス達それぞれの近くにあった椅子へと伝わっていた。
それは明らかな異変の予兆だろう。
「ヘンリエッタ!そこから離れろ!!」
「分かっておりますわ!!」
火を見るまでもなく明らかな危険に、マックスはすぐさまエッタへと逃げろと呼びかけている。
魔力も尽きてしまった彼女は、その近くにいる者の中で一番無防備である。
それを気に掛けるのは当然の判断であったが、彼女はいわれるまでもなく既に逃げ始めている所であった。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます。
もしよろしければ評価やブックマークをして頂きますと、作者のモチベーション維持に繋がります。