バルトルト 3
「殿下、ウィリアムを頼みます!ブライアン、ヘンリエッタ!!」
「分かっていますわ!!それ!」
力尽き、倒れ伏してしまったウィリアムの事をランディへと頼んだマックスは、ブラッドとエッタに声を掛けると逃げ出したバルトルトを追いかける。
彼の声に反応したエッタがその杖を掲げると、バルトルトを遮るように炎の壁が立ち上っていた。
「ひっ!?」
そんな程度の障害は、バルトルトには壁にすらならないだろう。
普段の彼であるならば。
百戦錬磨の経験を備える戦士も、命を危険に晒しかねない痛みに苛まれて、平気な訳ではない。
ましてやそれが、先ほどまさに焼き付けられた炎となれば尚更。
「くっ・・・こんなもの!!」
しかしそんな恐怖に苛まれても、彼はそれを一瞬の躊躇いだけで留めて見せている。
それは彼の、鍛え抜かれた克己心が為せる技だろう。
「すぐに立ち直ったのは、敬意を表すが・・・その一瞬が命取りだ!!」
「ぐぅ!?」
躊躇った一瞬も、鍛え抜かれた足ならば一歩といわず距離を詰められる。
それどころか、マックスほどの腕前となれば追いついた背中に、剣を振るう暇となっていた。
「どうした、剣先が鈍っているぞ?」
不意を突いた一撃はバルトルトの身体を軽く薙いで、続けざまに放つ剣閃は次第に彼を追い詰めていく。
それは今まででは決して、有り得なかった光景だ。
火傷の痛みは彼の動きをぎこちなくし、それによって癒着した皮膚や肉が、確実にその動きを制限している。
その状況で依然と同じだけの動きなど、出来よう筈もなかった。
「っ!舐めるな、小僧!!」
それでも圧倒的な実力差が、そのハンデキャップすらを埋めていく。
こちらを一方的に押し込むマックスから浴びせかけられた言葉に、バルトルトは怒りを燃やすと、その刀を力任せに振り払っている。
それはマックスの剣先を弾き飛ばし、体勢を崩させるほどの力を持っていた。
そしてバルトルトは自らが作り出した隙を、見逃すことなく踏み込んでいく。
「・・・相手は、一人ではない」
それが彼を誘いこむための罠でなければ、マックスの首を取る事も出来ただろう。
しかし現実はそうはならない。
窮地から見つけた光明に、思わず飛び込んでしまう仕方なさを、狙い定める事こそが人の性か。
マックスへと飛び込むバルトルトの無防備な背中を、ブラッドは強かに切りつけていた。
「ぐあぁあぁぁっ!!貴様らぁぁぁっ!!!」
背中を大きく切り裂かれ、悲痛な絶叫を上げるバルトルトは、その痛みのままに刀を振るう。
その剣筋は力任せではあったが鋭く、ブラッドもそれには大きく飛び退いて避けるしかなかった。
「これほど傷ついても、貴公の剣は鋭い・・・まさか、卑怯とは思われますまい?」
バルトルトが咄嗟に振るった剣筋の鋭さは、彼我の実力の差を示している。
そんな彼に集団で掛かり、ましてや不意打ちをも駆使する事は卑怯ではないと、ブラッドは語っている。
ブラッドのその言葉に、バルトルトはそのぎらついた瞳で睨みつけるだけで、反論する事はなかった。
「ヘンリエッタ君、頼んだ!!」
「えぇ!分かっておりますわ!!・・・まったく、人遣いが荒い殿方達ですこと」
隙を突き、完全に入った筈の一撃も、バルトルトがその意気を弱める様子はない。
それは彼の屈強な身体が為せる業か。
自らの剣が致命とならないならば、他に活路を見出すしかない。
続けざまに剣を振るい、それを凌がれているブラッドはその活路、エッタへと声を掛ける。
「炎、炎と続きましたから・・・趣向を変えて、こんなのはいかがかしら?」
ブラッドからの声に、人遣いが荒いと溜め息を漏らしたエッタの頬は、僅かに赤く染まっている。
それは疲れからくる紅潮であろうか、それとも別の理由のためか。
少なくとも彼女が掲げた杖に灯る輝きは、先ほどまでのものとは異なっていた。
「っ!そう何度も同じ手を食うかっ!!」
寒色の輝きを放った杖は、その頭上に真冬の冷たさを生み出している。
それはすぐに氷河のそれを超えて、降り落ちてきた冷たさはその足元を凍りつかせ始めている。
その危険に真っ先に気がついたのは、散々彼女によって痛い目に合わされたバルトルトだろう。
彼はその足首が凍り付いてしまう前に、素早くその場から離れようとしていた。
「そうはさせないっ!」
「邪魔だぁ!!退けぇ!!」
魔法の発動を素早く察知したバルトルトも、エッタの意図を察するのは彼女の幼馴染であるマックスの方が早い。
マックスはバルトルトの進行方向に先回りすると、彼を牽制する剣を振るう。
それは致命の威力には程遠いものであったが、今のバルトルトには無視する事が出来ず、結果マックスを振り払うために振るった剣筋は、緩く曖昧な狙いとなってしまっていた。
「くっ・・・ならば、向こうに」
「当然、行かせはしない」
曖昧な狙いも、踏み込んだ足に力を込めて方向を転換させるぐらいの暇にはなる。
しかしそうして切り替えた方向にも、ブラッドが先回りしている。
その事実に二の足を踏んだバルトルトは、その躊躇った僅かな時間に足首から凍りつかせてしまっていた。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます。
もしよろしければ評価やブックマークをして頂きますと、作者のモチベーション維持に繋がります。