苦戦 3
「よし、今なら・・・行くわよ、ランディ!!」
「は、はい!!」
バルトルトが二人に掛かりっきりになっている状況に、今度こそウィリアムを救いに行くチャンスだと踏んだセラフは、ランディに声を掛けると彼の下へと向かっていく。
さらに深くなってしまったウィリアムの傷に、それに合わせたポーションを探っていたランディもそれに頷くと、彼に向かって駆けだしていた。
「アリー、ウィリアムを早くこっちに・・・アリー?」
今はマックス達によって押さえられているバルトルトも、いつまたそこから抜け出してウィリアムを狙うとも限らない。
そのためセラフは、そのウィリアムの傍にいるアリーに声を掛けて、少しでも早く彼をこちらへと呼び寄せようとしている。
しかしそんなセラフの呼びかけにもアリーは反応することなく、倒れ伏したウィリアムを見詰めては固まってしまっていた。
「ウィリアム・・・ねぇ返事をして、ウィリアム?返事をしてよぉ!!」
流れ出る血液は遺跡の古惚けた床に、ひび割れた不均一へと広がっていく。
それはすぐ傍に立っていたアリーへの、それの到着を遅らせていたが、今やその足元も血に染まり汚してしまっている。
それは放心している彼女にすら、冷たい現実を届けるだろう。
しかし呆けたように固まっていた彼女が始めにしたのは、セラフの言葉に従うことではなく、ウィリアムの身体に縋りつくことであった。
「アリー!しっかりしなさい!!今はそれどころじゃないでしょ!!」
「セラフ・・・でも、でもっ!!」
何とかウィリアムの下まで辿りついたセラフは、その身体に縋りついているアリーを引き剥がすと、その顔を引っ叩いている。
それは彼女を正気に引き戻そうとした行動であろうが、叩かれた頬を押さえているアリーは、今だに濡れた瞳を隠せてはいない。
「でも、じゃないわよ!!いい加減にしないと、もう一発―――」
「セラフィーナさん、今は!」
弱弱しく瞳を迷わせては、今だに動揺から立ち直る気配を見せないアリーに、セラフはもう一発とその手を振り上げている。
しかしそれも、後ろから声を掛けてきたランディによって制止させられていた。
彼は間近で観察したウィリアムの様態に、その深刻さを理解したのか青い顔をしている。
その表情を目にすれば、今はそれどころではないとセラフにも理解出来るだろう。
「・・・分かったわ。ランディ、ウィリアムの治療をお願い!」
「わ、分かりました!セラフィーナさん、貴女は!?」
先ほど、あれ程までにボロボロであったマックス達を治療したランディが、それほどの不安そうな表情を見せるのだから、ウィリアムの容態はかなり不味いのだろう。
それでも諦めを口にしない彼にセラフは治療を任せると、自らは立ち上がりその得物である剣を抜き放っていた。
「私は、あいつを食い止める!!」
危険な容態に、全力で治療を行わなければならないランディは無防備だ。
そのため彼を護衛する存在が必要だろう。
セラフはその役割を買って出ると、剣を構えて彼らの前へと進み出ていた。
「アリー、貴女はウィリアムを運ぶのを手伝いなさい!それぐらいは出来るでしょう!!」
今だに立ち直っていないアリーに対して、最低限それぐらいの仕事はしなさいとセラフは話す。
しかしそんな彼女も、その構えた剣先を震えさせてしまっている。
この一行の中に紛れ込んでいるのがおかしいほどに実力の低い彼女では、あのバルトルトと戦うどころか一撃を受けることすら難しいだろう。
それは彼がマックス達の押さえから抜け出し、こちらへとやってくればその命が亡くなってしまうことを意味していた。
それが分からないほど彼女は愚かではなく、その実力差を理解出来ないほどに未熟でもなかった。
「・・・セラフ、下がって。その役目は、私のだから」
その震えは覚悟の現れであり、残った生への未練でもある。
結局、まともに冒険をする事のなかった彼女は、そうした場面に立ち会う事もなかっただろう。
ならばこそ、その恐怖もひとしおの筈だ。
そんな彼女の姿を目にして、放っておけるだろうか。
いいや、出来ない。
彼女の幼馴染であり、親友でもあるアリーには、それを放っておくことなど出来る訳もない。
「アリー・・・わ、私だって!」
「ううん、無理しなくていいんだよセラフ。それにここは私に・・・ううん、私がやりたいの。だから私に任せて」
弓を手にして立ち上がったアリーは、セラフの肩へと優しく触れると、彼女に下がるように語り掛けている。
それはセラフにとっても、願ったり叶ったりの展開だろう。
それでもセラフがそこから引き下がるのを嫌がったのは、彼女に残った僅かばかりのプライドのためだろうか。
それもアリーの強い覚悟を目にすれば、引き下がるしかなくなってしまう。
彼女のその意志の強さは、ウィリアムの容態に責任を感じているからか、それともまた別の理由だろうか。
「わ、分かった!ランディ、私は何をすればいいの!?」
「えっと・・・とりあえず、その辺を押さえてもらえると助かります」
「よし、ここね!!」
「あぁ!その、もうちょっと優しくお願いします・・・」
アリーの覚悟に引き下がったセラフは、ランディの治療を手伝おうとその指示を請う。
その適当な指示と暢気な反応を思えば、意外なほどに治療はうまくいっているのかもしれない。
「ウィリアム、貴方を・・・死なせはしない」
後ろから聞こえる暢気なやり取りに、アリーが唇を緩めたのは僅かな間だけだ。
覚悟に結ばれた唇はきつく、見据える視線は鋭く細い。
アリーが構えた弓は、その狙いを違えることなく、標的を狙い続けていた。
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