魔人 4
「知らなかっただと・・・?そんな事で許される筈がっ・・・!?」
ランディの情けない態度は、その登場時の頼もしさとのギャップによって落胆を加速させてしまっている。
そんな彼の姿に、セラフは怒りを叫んでは喚き散らしていた。
それに呼応するように、ジークベルトはその額に怒りのラインを奔らせて彼らへと迫る。
しかし、それもすぐに止まってしまっていた。
「ぐっ!?な、何だこれはっ!?」
「・・・どうやら、効いたようですね。ふぅ~・・・安心しました」
よく見ればジークベルトの足元には、ランディが先ほど取り落とした瓶の中の液体が広がっている。
それを踏みしめた彼の身体が動かなくなっているのを見れば、それは間違いなくその液体の効果なのだろう。
その様子に縮こまらせた身体を恐る恐る起こしたランディは、安堵したように長々と息を漏らしていた。
「な、何をしたの?」
「これですか?これは対魔人用に調合したポーションですよ。いやー、資料が少なくて本当に効くかどうか自信がなかったんですが・・・効いてよかったです」
今も動けずに、ランディの顔を睨みつけているジークベルトの姿を見れば、それが彼の仕業だと誰でも分かる。
そんな彼に、一体何をやったのかとセラフは尋ねる。
それにランディは、魔人用のポーションを製作していただけだと答えていた。
「ジークベルト様!!」
「こいつ、よくも!!」
しかし魔人であるジークベルトを押さえても、それで全てが解決する訳ではない。
完全に動けずにいる主人の姿に、部下の二人は慌てて駆け寄ると、それを齎した男へと牙を剥いていた。
「貴方達は、アンドレアスとバルトルトですね。貴方達の資料は、魔人のものよりも多く残っていました・・・つまり」
迫る巨人と武人に、彼らが携える巨大な得物は一撃でランディの身体など吹き飛ばしてしまうだろう。
しかし彼は、そのような状況にあっても落ち着きを失わない。
彼は静かに何事かを語り始めると、自らのポケットへと両手を突っ込んでいる。
「ぐっ!?」
「何っ!?」
そうして彼が放り投げたポーションの瓶は、怒りに我を忘れた彼らの身体にぶつかり割れる。
それらは異なる色を振り撒いて、しかし同じ効果を齎している。
つまり、その身体を動かせなくなるという効果を。
「貴方達用のポーションを用意するのは、難しくありませんでした。いやはや、武名が高過ぎるというのも考えものですね」
その正体を隠されていた魔人と違い、それに付き従っていた魔物の名前は広く知れ渡っていた。
そのためそれを研究して、対策のアイテムを作るのは難しくなかったと語るランディに、それによって縛られている二人は怒りに満ちた瞳で睨みつけていた。
「あ、あんた・・・一体、何者なのよ?」
「私ですか?あれ、以前お会いした時に名乗りませんでしたっけ?えーっと、ランドルフ・ハームズ・・・」
ランディのその振る舞いは、明らかに一介の研究者のものではない。
それに疑問を感じたセラフは、それを彼へと尋ねている。
その言葉にランディは惚けた様子で、まだ名乗っていませんでしたかと頭を掻いていた。
「名前なら、もう聞いたわよ!!私が知りたいのは、あんたが何者かって事よ!!」
「うーん、何者かと聞かれましても・・・それは難しい質問ですね。どう答えればいいのか・・・」
自らの名前を再び名乗ろうとしているランディに、それはもう聞いたとセラフは遮っている。
彼女はそんな事よりも、ランディの正体が知りたいのだと話す。
しかしその言葉にランディは頭を悩ませると、何やら哲学的な問答を始めようとしているようだった。
「誰か・・・誰か、いるのか?」
「おっと、これはいけない!!それどころではありませんでした!!待っていてください!治療用のポーションならば、たっぷり用意してきていますので!!」
顎に手を当てては哲学的な思考に頭を悩ませるランディに、どこかから呻き声が届く。
それは魔人達の手によって打ちのめされてしまった、マックス達の声だろう。
その声に、ようやく彼らの存在を思い出したランディは慌てて駆けだすと、ポケットから幾つもの治癒のポーションを取り出していた。
「大丈夫ですか、皆さん!?これをどうぞ!今回のために用意した、特製のポーションです!!」
多くの者が倒れ伏している現状にランディは、そのポーションを放り投げては彼らを治療していく。
比較的割れやすい素材で出来ているのか、簡単にその中身をぶちまけるその瓶に、ポーションは眩い光を放ってはその効果を発揮する。
ランディはその最後に、一番重傷に思われたマックスの近くへと膝をつくと、彼に直接ポーションを飲み込ませていた。
「ぐっ・・・苦っ!?ごほっ、ごほっ!!何だ、一体何が・・・これは、痛みが引いていく?」
「大丈夫ですか、マクシミリアン?その・・・来るのが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」
ランディの手によって無理やりポーションを流し込まれたマックスは、その苦さに思わず咳き込んでしまっている。
若干ばかり吐き出してしまったポーションも効果は間違いなくあったようで、マックスのその青い表情は見る見るうちに血の気を帯びていく。
その様子に安堵の息を漏らしたランディは、どこか申し訳なさそうに目を伏せると、彼に謝罪の言葉を告げていた。
「貴方は・・・?っ!?で、殿下!!何故貴方様がこんな所にっ!!?」
朦朧としていた意識を取り戻し、自らを治療してくれた人へと視線を向けるマックスは、中々それに焦点を合わせられずにいた。
しかしそれも、僅かな時間の間だけだ。
やがて定まった焦点に、彼は意外な人の姿を見る。
そうして彼はすぐさま姿勢を正すと、ランディの前へと跪いていた。
「いやいや、止めてくださいマクシミリアン!前からいっているように、私は貴方に跪かれるような人ではないですから」
「しかし・・・貴方様はもはや、我がハームズワース王国の王太子でありますれば!そのような事は許されません!!」
「はぁ・・・確かに、そうなってしまいましたけど。それも別に自分の意思では・・・」
自らの前に跪き頭を垂れるマックスに、ランディはそんな事は止めてくださいと手を伸ばしている。
ランディがマックスを無理やり引き起こそうとしても、その力の差にビクともしないだろう。
それ以上にマックスが頑なに臣下の礼を崩そうとせず、それに折れてしまったランディは、何も王太子などなりたくてなった訳ではないとぼやいていた。
「あれが、ランドルフ王子・・・初めて見たかも」
「私もですわ!ふーん、まぁまぁってところかしら?」
マックスの大声は、彼と共に回復した仲間達にもその事実を伝えている。
王太子になった後も研究に没頭し、表に出る事がほとんどなかったランディの姿を実際に見た者は少ない。
それはこの国の貴族であるアリーやエッタも同じであり、初めて見る王太子の姿にそれぞれに感想を漏らしていた。
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