魔人 2
「俺様はジークベルト、魔人だ。つっても、嬢ちゃんはもう知ってるかもな」
「魔人、ジークベルト・・・」
魔人の意外なほどの優しい態度に戸惑っているセラフは、ぽかんとした表情で彼の顔を見つめていた。
その顔もよく見れば悪魔的なほどに美しく、思わず見惚れてしまうほどのものであった。
「そうそう、ジークベルト!嬢ちゃんは特別に、ジークって呼んでくれてもいいぜ?で、そっちは?」
セラフを目線の高さを合わせるために屈んだ魔人、ジークベルトは自らに親指を向けては自分の名前を名乗っている。
彼の美しい顔に思わず見惚れ、その口にした言葉をただただ繰り返したセラフに、ジークベルトは嬉しそうに手を叩いていた。
「そっち・・・?あぁ、えっと・・・私はセラフィーナ・エインズワース。その、私もセラフでいいわ」
「そうかそうか!じゃあ、セラフな・・・へぇ、こりゃ飛び切りの別嬪さんだ!!おい、お前らも見てみろよ!!めちゃくちゃ可愛い子だぞ!!」
自らの名を尋ねてくるジークベルトの言葉にも、セラフは一瞬何のことだか理解出来ずにいた。
それも何かを期待するかのように身体を上下に揺すっているジークベルトの姿を見れば、すぐに理解出来るだろう。
そうして自らの名前を名乗ったセラフに、ジークベルトはその顔をまじまじと見つめると、彼女の美しさに喜び後ろへと振り返ると、それを部下達にも大声で伝えていた。
「私達には何とも・・・種が、違いますゆえ」
しかし彼の部下達は憮然とした表情のまま、自分達には彼女の美醜は分かりかねると返していた。
それも彼らの姿を見れば、仕方がないだろう。
彼らは確かに人型をしている種族ではあるものの、その有り様は人のそれとは余りに違う。
そんな彼らが人の、女性の美醜など図れる筈がないのだ。
「かーっ!!つまんねぇ奴らだなぁ、おい!!ま、いいけどよ・・・なぁ、セラフちゃんよぉ?こんな別嬪さん、早々お目にかかれるもんじゃねぇってのにな」
「え、えぇ・・・確かに、そうね」
部下達のつまらない反応に、不満そうに声を荒げたジークベルトは、目の前のセラフへと同意を求めてくる。
それはセラフに自身の美しさを認めさせるという、普通であれば頷きがたい内容であったが、自らのそれに自信がある彼女は、戸惑いながらもそれに頷いていた。
「はははっ!だよなだよな!!ん、何か・・・あんた、いい匂いがするな」
自らの意見に同意が得られたことで、ジークベルトは嬉しそうに地面を激しく叩いている。
そうして一頻り喜びを噛み締めると、彼は我に返ったかのように静かになり、鼻をヒクヒクと動かし始めていた。
「ちょ、ちょっと止めてよ!汗、掻いてるから・・・」
「そうかぁ?いい匂いだけどな・・・」
自らの身体に鼻を押し付けては、匂いを嗅ぎ始めたジークベルトに、セラフは今は駄目だと拒絶を示している。
ここまで来る道中、全くといっていいほど戦いに参加していなかった彼女は、それほど汗は掻いていないだろう。
それでも積み重なった汚れや汗は気になるようで、彼女はそれを嗅がれたくないと身体をよじっている。
「れろぉ・・・ほら、やっぱり美味しい」
セラフの腕は掴んでは、逃れられないようにその身体に鼻を近づけるジークベルトは、その匂いの秘密を確かめるように彼女の身体に舌を這わせている。
そうして彼が口にした言葉は、一体どういった意味であろうか。
「ひっ!な、何よあんた!!私を犯す気!!?」
それをセラフは、単純に性的なものと考える。
そのため彼女は慌ててジークベルトから距離を取ろうとし、彼は意外なほどにあっさりとそれを許していた。
「犯す・・・?何だっけそれ?」
しかしセラフが睨みつける先にいる魔人、ジークベルトはきょとんとした無邪気な表情でそこに佇むばかり。
それは彼女を、獣欲のままに犯そうとする男の姿とは、とてもではないが思えなかった。
「・・・生殖活動の事かと」
心底意味が分からないという風に首を傾げているジークベルトに、セラフも怪訝な表情で自らの身体を守る腕を緩めている。
どこか噛み合わない沈黙に、それを見かねたのか彼の背後の武人がそっとその答えを囁いていた。
「あぁ、それか!!あー・・・確か人間の雄はそれが大好きなんだっけか、忘れてたな・・・悪い悪い、そんなつもりじゃなかったんだ!」
武人が囁いた言葉にようやく得心がいったと声を跳ねさせたジークベルトは、そんなつもりじゃなかったんだとセラフに対して軽く頭を下げている。
その振る舞いは邪心を一切感じさせず、彼が本当に彼女を騙そうという意図がなかった事は明白であった。
「ふ、ふーん。ま、まぁ?それなら許してあげない事もないけど?」
「本当か!いやぁ、嬉しいなぁ!こんな別嬪さんに嫌われたら、悲しいからな」
頭を下げるジークベルトの姿に、自分も勝手に勘違いしたのだからと後ろめたさを隠すセラフは、顔を背けては彼の事を許していた。
セラフのその言葉にジークベルトは素直に笑顔を見せていたが、彼女はまだどこか気に掛かる事があるようだった。
「でも・・・だったらどうしてあんな事をしたの?」
セラフは尋ねる、ならば何故あんな事をしたのかと。
ジークベルトのそれは、彼女には性を想起させるものでしかなかった。
しかしそんなつもりは欠片もなかったと話す彼に、彼女はその理由を思いつくことが出来なかったのだ。
「なんでって、そりゃ・・・あんたを美味しく頂くためだよ」
「っ!やっぱり犯すつもりなんじゃない!?」
彼女の疑問に、何でそんな事を聞くのか分からないという態度のジークベルトは、それを素直に答えていた。
しかしその内容は、彼が先ほど否定した筈のものである。
そんなジークベルトの言葉にセラフは慌てて距離を取ると、ついに本性を現したわねと彼を睨みつけていた。
「うん?だからそんな事は・・・うーん、何でだ?何が悪かったんだ?」
「・・・ジークベルト様、言葉が悪かったのかと」
「そうなの?全く、これだから異種族ってのは・・・面倒臭ぇなぁ」
セラフの反応に意外そうな表情を見せたジークベルトに、背後から武人の声が届く。
彼はその言葉にまたも異種族間の価値観の齟齬が起こってしまったと、面倒臭そうに頭を掻いていた。
「悪い悪い、そうじゃないんだ、俺がやりたかったのは・・・えーっと、何ていったらいいか・・・」
セラフに勘違いをさせ怯えさせてしまった事を謝罪するジークベルトは、手を振ってはそんなつもりではなかったと示している。
そうして彼は誤解を解こうと言葉を探し始めるが、種族の違いに相応しい表現が中々思いつかず苦労しているようだった。
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