ダンジョンへ 2
「お似合いだと、思いますが?」
「私ほどの美人ともなれば、似合って当たり前でしょ!?問題はそこじゃないのよ!こんなシンプルな服じゃ、工夫も何もあったものじゃないわ!!これじゃ、違いを作れないじゃない!!お洒落のしようがないのよ!!!」
お洒落だけではなく、美容にも当然気を使っているセラフの身体は適度に引き締まり、女性らしい曲線を描いている。
その身体を飾っているシンプルな服装は、寧ろ彼女の美しさを際立たせてすらいた。
その事実を素直に伝えるベンジャミンに、セラフはそうじゃないのと捲くし立てる。
彼女はどうやら、それが似合っているかどうかよりも、お洒落を楽しめないことが問題なのだと考えているようだった。
「左様でございますか。それは、仕様がありませんね・・・おや、丁度ついたようですね」
セラフの我が侭に、ベンジャミンは深く頭を下げて諦めを口にしている。
それは果たして、彼が折れた事を示す仕草だろうか。
深く頭を下げた彼の表情は、窺う事が出来ない。
そうしている間に馬車はその進行を止め、目的地への到着を示していた。
「それでは、宿を確保して参ります」
「え?ちょ、ちょっと待ってください、ベンジャミン様!このまま引き返すんじゃ・・・!?」
止まった馬車に、ベンジャミンは素早くその御車から降りると、そのまま宿の確保へと向かっていく。
その余りに素早い動きに、ケイシーは彼の事を制止する事が出来ず、ただただその後姿に声を掛ける事しか出来ずにいた。
「いいんじゃない、別に?今から引き返したんじゃ、向こうにつくのは深夜よ?それなら、こっちで一泊した方がマシだわ」
「それは・・・そうでございましょうが。しかし、先ほどのベンジャミン様の振る舞いは・・・」
宿を確保するために出て行ったベンジャミンの振る舞いを、別におかしくはないとセラフは話す。
確かにここは彼女達の実家である、エインズワース家の領土からはかなり遠く、今から引き返すのは危険だろう。
そう考えれば、ここで一泊してから引き返すのが自然であったが、ケイシーはそれでも何か引っかかるところがあるようだった。
「宿の確保をして参りました、『双子の岩亭』という宿でございます。取りあえず一ヶ月ほど確保いたしましたので、一先ずはそこを拠点となさってください」
「ご苦労様。それで、明日はどれくらいの時間に・・・って、え?」
出て行った時と同じように、音もなく帰ってきたベンジャミンは、宿の確保が出来たと報告している。
そんな彼に労いの言葉を掛けたセラフはしかし、その内容に違和感を覚えていた。
「え、え?一ヶ月って・・・ベンジャミン?ここで一泊だけして、明日には引き返すんじゃないの?」
「いいえ?奥様からはものになるまで、半年でも一年でも掛けてよいと窺っております。ですのでお嬢様には一先ずは一ヶ月、ここで励んでいただいて様子を見てみようかと」
ベンジャミンは一ヶ月も宿を取ったという。
それでは予定と違うではないかと問い掛けるセラフに対して、彼は軽く首を横に振ると、更なる追い討ちを仕掛けてきていた。
「い、一年?嘘でしょ、ベンジャミン?そんな事、お母様がいうわけ―――」
「それではお早く、お車からお降りください。こちらは身の回りの荷物でございます。ケイシー、一か月分の生活費はあなたに渡しておきますね。二人で生活する分には十分な額ですが、贅沢すればすぐに底をつく金額なので、くれぐれも計画的に使うように」
ベンジャミンが口にした一ヶ月という言葉にも驚いたセラフは、彼女の母親が一年掛かっても構わないと発言していた事に、戸惑いを隠せない。
そんな彼女の事などお構いなしにテキパキと自らの仕事を進めていくベンジャミンは、彼女を御車から引きずり出すと、その荷物も一緒くたに地面へと投げ出していた。
「その、ベンジャミン様?本当、なんですか?」
「えぇ、勿論ですよ?他に、忘れ物はございませんね?では、私共はここでお暇させていただきます。一ヵ月後に再び様子を見に参りますので、それまではどうかお身体にお気をつけくださいますよう」
ベンジャミンから手渡された金銭が入った袋を大事そうに受け取ったケイシーは、彼が話している事が本当なのかと不安そうに確かめている。
そんな彼女の縋りつくような仕草にも、何一つ揺らぐ様子をみせなかったベンジャミンは、最終確認を終えるとさっさと馬車に乗り込んでいく。
そうして彼は、彼女達の健康を願う言葉を最後に、そのまま立ち去っていくのだった。
「お、お嬢様。どうしましょう?その・・・取り敢えずダンジョンに、行ってみますか?」
盛大に土煙を巻き上げながら去っていった馬車は、あっという間に見えなくなってしまう。
それまでの時間に、ケイシーが気まずそうに黙ってしまっていたのは仕方のないことであろう。
彼女はベンジャミンによって放り出されていた荷物を両手で抱えると、おずおずと立ち尽くしたまま押し黙っているセラフへと声を掛けていた。
「私は・・・しない」
「?お嬢様、今何と仰られましたか?」
ケイシーの声に、ようやくわなわなと細かく震えだしたセラフは、何やら小さな声で呟いている。
その声をうまく聞き取れなかったケイシーは、申し訳なさそうに聞き返すと、そっと彼女へと身体を寄せていた。
「私は絶対に、レベル上げなんてしないっ!!!」
「ひゃあ!?」
拳を握り締め、空を見上げたセラフが叫んだその宣言は大きい。
それを耳元で聞いてしまっていたケイシーが、思わずひっくり返ってしまうほどに。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます。
もしよろしければ評価やブックマークをして頂きますと、作者のモチベーション維持に繋がります。