いつか英雄と呼ばれる者達 1
「グルルル・・・ガアァァァッ!!」
突如響き渡った唸り声は、グリフィンのそれとは違っている。
それは、新手が現れた事を知らせる声だろう。
事実、マックス達はその声にすぐさま自らの得物へと手を掛けていた。
「なっ、新手だと!?ちっ、こんな時に・・・」
先へと進もうとするタイミングに現れた新手は、明らかにこちらを足止めしようとしているものであろう。
それの相手もさせようとしても、グリフィンと戦っている冒険者達はその相手だけで手一杯だ。
しかし目の前に現れたその強敵の姿に、まともに戦うならば時間が掛かってしまうのは明白であった。
「あーぁ、このまま最後まで付き合えると思ってたのよぉ・・・仕方がねぇな!」
これ以上の遅延は許容出来ないと焦るマックスに、一人の若者が前へと進み出てくる。
その眩しく逆立った金髪はこの旅路に同行した熟練の冒険者、エドワードのものだろう。
彼は心底残念そうに溜め息を漏らすと、背中に括りつけた自らの得物、大剣を手にとっていた。
「流石にあれは、おっさん達の手に余るわな。マクシミリアン!あれは俺達が相手してやる、あんた達は先に進んでくれ!」
大剣を構え、現れた魔物に立ち塞がるエドワードは、それから目を離さずにマックスへと呼びかけている。
その魔物は自分達が相手をするから、お前達は先に進んでくれと。
「・・・いいのか、エドワード?」
「へっ!あのおっさん達を見捨てちまったら、寝覚めが悪いだろう?いい年して張り切っちゃってさぁ、見てらんないよ!」
自らと張り合うためにこの旅路に同行したエドワードは、ここで離脱する訳にはいかない筈だ。
それを理解しているマックスは、彼の真意を確かめるようにそれを尋ねていた。
それにエドワードは、グリフィンと戦っている冒険者達が見捨てられないと、照れ臭そうに話す。
確かにグリフィンを押さえるのに手一杯の彼らが今、他の魔物に襲われれば一溜まりもないだろう。
ましてやそれが、彼らよりも遥かに腕の立つ冒険者であるエドワードに、冷や汗を掻かせる魔物であれば尚更。
「ま、任せろよ。あぁ、それと・・・マクシミリアン。あんたらが魔人を倒したら、ちゃんと俺達も活躍したって宣伝してくれよ?」
「・・・あぁ、任せておけ」
今、頬を伝った汗が冷たくとも、その恐怖はおくびにも出しはしない。
それは彼の、冒険者としての矜持だろうか。
あくまでも気楽な様子で全てが終わった後の事を話すエドワードに、気負った様子はない。
それは彼がこれまで、潜ってきた修羅場の数がそうさせたのか。
彼が口にした最後の頼みに、マックスは僅かに間をおいて静かに頷いていた。
「・・・行ったか?さーて、こいつはどうしたもんかねぇ?」
現れた魔物をエドワード達が引き受けた事によって後顧の憂いを断ったマックス達は、足を急がせて扉の向こうへと消えていく。
それを背後の気配から感じ取ったエドワードは、若干ほっとした様子で息を漏らすと、初めて弱音を漏らしていた。
「はぁ!?あんた、勝算もなく引き受けたっていうの!?馬鹿なんじゃないの、本当に!!」
リーダーであるエドワードが残った事で、彼のパーティの面子もこの場に残って魔物と相対していた。
その中の一人である赤毛の女性、アシュリーは彼が漏らした弱音に、信じられないと文句を叫んでいた。
「いやいや、そうじゃないって!どう戦えばいいかって相談したかっただけで、別に勝算がないわけじゃ・・・だってあれ、オルトロスだろ?前に、戦ったことあるじゃん」
漏らした弱音も、ただ単に戦い方に迷っていただけだとエドワードは語る。
彼は目の前で唸り声を上げている魔物を指差しては、かつて倒した事があると話していた。
「はぁ!?あれがオルトロスですって!?ち・が・い・ます!!あれは、ケルベロス!!オルトロスとは全然違う魔物じゃない!!!」
「・・・あれ、そうなの?だって首が一杯ある犬だろ、同じじゃないのか?」
しかし、それはすぐさまアシュリーによって否定されてしまう。
エドワードからすれば同じように感じる魔物も、目の前のそれは三つ首の魔犬であり、彼が語っているものは二つ首のそれであった。
「あぁもう!!本当に、こいつは・・・!!ふざけんじゃないわよ!!!」
「お、おいっ!?今は不味いって!!」
エドワードのすっとぼけた反応に、とうとう堪忍袋の緒が切れたのかアシュリーは彼の身体をガタガタと揺すり始める。
しかし強大な魔物、ケルベロスと対峙している今の状況に、それは致命的な隙となってしまわないか。
「ガアァァァッ!!」
事実、それは隙となって、相手に突かれる事になってしまう。
今までケルベロスが掛かってこなかったのも、エドワードがそれにプレッシャーを掛けていたからであり、それがなくなれば相手も躊躇いはしない。
エドワードはそんな状況にも得物を手放してはいなかったが、アシュリーに身体を激しく揺すられている状態に、有効な手立てがある訳もなかった。
「・・・やれやれ、あなた方も変わりませんね。本当にっ!」
ガキンと響き渡った鈍い音は、人の肉が食い千切られる音ではない。
エドワード達が襲われる寸前にその場に割り込んだのは、彼らよりも幾分年嵩の神官風の男であった。
彼はケルベロスの牙をその手に持った金属製の杖によって受け止めると、それを気合と共に弾き返している。
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