最後の関門 1
「あれだ、見つけたぞ!セラフィーナ!!」
それを指差し叫んだマックスが見つけたのは、華美な装飾が時の流れによって剥がれ落ちてしまった、古ぼけた扉であった。
それは奥深くにまで進み、遺跡かのように様相を変えたダンジョンの景色に溶け込んでしまっている。
そのためそれを見つけるために散々辺りを探し回ったのか、マックス達は疲れた様子を見せながらも、ようやくの発見に喜びの感情を滲ませていた。
「はいはい・・・行けばいいんでしょ、行けば。分かってるわよ!」
そんな一行の中にありながら、彼に声を掛けられたセラフだけは一切疲れた様子を見せておらず、その身体も汚れたところはなかった。
それは彼女だけが道中の戦いに参加しておらず、ウィリアムなどから過保護なまでに守られてきたことを示していた。
「えーっと、どうかしら?これぐらいで・・・あ、きたきた!ねぇ、これでいいんで―――」
マックスに呼びつけられ、若干不満そうな表情で扉の前へと進み出てきたセラフはしかし、恐る恐るそれに近づいていた。
その扉や、周りのダンジョンの雰囲気から、ここがもう最後の関門のように思われる。
それが自分の体内にあるアイテムによって開かなければ、彼女をここまで連れてきた意味がなくなってしまう。
流石の彼女もそれは分かっているのか、一瞬唾を飲み込むと慎重な足取りで進み、そして光を放ち始めた自らのお腹に安心したようにほっと一息ついていた。
「っ!?セラフ殿、危ないぜよ!!」
自らの役割が果たされた事で、安堵したセラフはマックス達に向かって手を振っている。
彼女のそんな姿を目にした仲間達も、先に進める喜びをかみ締める者と、その先に待つ強敵に改めて気を引き締める者に分かれていた。
しかし果たして、それほど順調に事が進むだろうか。
そう、そんな訳がない。
その異変に、一番始めに気づいたのは、鋭い感覚を備えるウィリアムであった。
「!?セラフィーナ!!何をボーっと突っ立ている!早く下がれ!!」
セラフの身体から放たれる光に反応するように、遺跡の天井から降り立った影は、音もなくその足を地面へと下ろしている。
それは彼の者の身体の大きさを考えれば、まさに異常な光景だろう。
しかしその異常さと裏腹に、気配すら漂わせずに降り立ったそれに、セラフは全く気づく気配を見せていない。
そんなセラフの無防備な姿に、マックスは叱責の声を上げると、慌てて彼女へと手を伸ばしていた。
「え、えっ!?な、何なのよ一体!!?」
その降り立った魔物が扉を守っているのならば、それを開けられるセラフを放っておく訳がない。
当然の如く、その魔物は彼女を背後から襲いかかろうとしている。
それは彼女の腕を掴み、無理やり引っ張っていこうとしているマックスの速度を上回るだろうか。
恐らく、それは間違いない。
何故なら、マックスの手によって窮地から脱しようとしているセラフ本人が、訳が分からないと抵抗を示し、その足を鈍らせてしまっているのだから。
「ちっ・・・いいから急げ!!もう、すぐ後ろまで来てる!!」
「な、何が来てるってのよ!?うぅ、怖くて振り返れないじゃない!!」
戸惑いのためか足の進みが遅いセラフに対して、マックスは舌打ちを漏らすと迫る脅威について言及する。
それは彼女の足を急がせるには成功していたが、その恐怖を余計に煽って混乱させもしていた。
「きゃあ!?」
それは当然の理が如く、彼女の足を縺れさせる結果と繋がっていた。
遺跡の景色へと変わったダンジョンにも、その足元は古ぼけて所々に舗装が剥がれてしまっている。
それは注意力が散漫になったセラフの足を引っ掛けるには、十分な窪みだろう。
「おい!?何を・・・ちっ!そのまま伏せていろ!!」
腕を引っ張っていた相手が、いきなり地面へと倒れ伏せばそれに引っ張られてしまう。
そうして一歩つんのめったマックスは彼女へと振り返ると、文句を言おうとしていた。
しかしそれも、彼女に掛かった影を目にすれば、それどころではないと分かる。
マックスはセラフにそのまま動くなと告げると、自らの身体を彼女の上へと覆い被せていた。
「キィィィ!!」
その甲高い鳴き声は、猛禽類のものか。
もっともその巨大過ぎるシルエットは、その類のものでは有り得なかったが。
しかしその姿は、それに似ている。
猛禽の上半身と獅子の下半身を持つ魔物、グリフィンはマックスの身体ごとセラフを薙ぎ払おうと、その鉤爪を振りかざしていた。
「ひぃぃぃ!!?」
ようやく襲いくる魔物の正体を理解したセラフは、その恐ろしさに頭を抱えて悲鳴を上げている。
彼女を守るためにその上に覆いかぶさったマックスも、無防備なその体勢に何もする事が出来ず、悔しそうな表情でただただ歯を食いしばっていた。
「・・・あれ、痛くない?何で?」
しかし訪れる筈の破滅は、いつまで待ってもやってくる事はなかった。
それに気づき、恐る恐る目を開けたセラフは、どこも傷ついていない自らの身体を不思議そうな表情で眺めている。
「・・・早く逃げるぜよ!!」
それはグリフィンの鉤爪を何とか押さえ込み、凌いでいるウィリアムの手によるものであった。
地面へと倒れ伏す二人の前に立ち塞がり、グリフィンの攻撃を素手で押さえているウィリアムの姿は、それだけで常人を超えている。
しかし流石の彼でも、それをいつまでも維持しておける訳ではないようで、苦しそうな表情で二人に早く逃げるように告げていた。
「助かったぞ、ウィリアム!セラフィーナ、早く掴まれ!!」
「え!?う、うん!」
ギリギリの所を何とか助けられ呆けてしまっているセラフを、マックスはその腕を取っては無理やり引っ張っていく。
明らかな脅威の姿に、今度はセラフも必死に足を急がせ、その速度も遅くはない。
しかし空を行くグリフィンに、そんな些少な差は意味を成さず、彼を押さえるウィリアムの腕も限界を迎えようとしていた。
「もう、限界ぜよ・・・セラフ殿、マクシミリアン殿、避けるぜよ!!」
限界に、ウィリアムが声を上げたのは、せめてもの償いか。
しかしそんな声を受けても、自在に宙を舞うグリフィンの牙から逃れられる訳もない。
マックスだけならば、その合図を目安にタイミングよく身を躱す事も出来ただろうが、今はセラフもいた。
その状況では、彼も自在に動くことは難しいだろう。
一度高く舞い上がったグリフィンが、狙いを定めて急降下してくる。
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