彼らの役割
「ちっ・・・キリがないな。こんな所で時間を取られる訳にはいかないというのに・・・」
振るった剣に鈍りがなくとも、経った時間には限りがある。
魔人の討伐の旅路はまだ始まったばかりにもかかわらず、こんな所で足止めを食らっている現状に、マックスは焦った様子で舌打ちを漏らす。
彼の周辺には、まだまだ見渡すばかりの魔物の群れが控えていた。
「ウィリアム!ウィリアム!!・・・聞こえないか」
この状況を打開しようとウィリアムの姿を探しても、彼はもうずいぶんと先へと進んでしまっていた。
その遠くに見える姿に声を掛けても、反応すら伺えない。
「・・・マクシミリアンの旦那、ちょっといいかい?」
「・・・何だ?時間がない、手短に頼む」
唯一の打開策も使えそうにない状況に、マックスが軽く俯いてしまっていると、彼の背後から声を掛けてきた者がいた。
それはこの一行の中で、セラフを除くと一番実力の低い、かつてのアリーの仲間達であった。
彼らはその実力のためか、前線を支えることが出来ずに後方に回り、他の者達が取りこぼした獲物を仕留める事に専念しているようだった。
「俺達がここで、魔物達の足止めをする。その間に、あんたらは先に進んでくれ」
「それは・・・確かに、助かるが。お前達は、それでいいのか?」
話す時間を欲しがった彼らに、マックスはその手にした剣を振り払って、周囲の魔物を一掃する。
そうして出来た時間に、彼らは自分達がここに残って魔物達の足止めをすると提案していた。
「そうだよ、皆!!こんな数、皆だけじゃ押さえきれる訳ない!!そんなの・・・犠牲になるっていってるようなものじゃない!!」
この時点ですでに、足手まといになりつつ彼らの実力では、この数の魔物を押さえてはいられないだろう。
それは即ち、彼らがその命を犠牲にすることを覚悟している事を意味していた。
それに真っ先に反対の声を上げたのは、かつて彼らと冒険を共にしたアリーその人であった。
「へへっ・・・アリーちゃん、心配してくれるのは嬉しいが、俺達だって一端の冒険者だ。そんな易々と命を捨てる気なんてないさ」
心配に声を上げ、今も悲しそうにその瞳に涙を溜めているアリーの姿に、彼らは嬉しさと照れ臭さの入り混じった表情で鼻を擦っている。
彼らは彼女の心配は杞憂だと笑い、ある場所を示して見せていた。
それは彼らが総出で守っているため僅かにスペースの空いた、先ほど開いたばかりの扉であった。
「あそこは狭い、一度に通り抜けられる魔物の数も限られるだろう。あれをうまく利用すれば、俺達でも何とか魔物共を押さえられる筈だ」
大男であるウィリアムも余裕で通れるサイズの扉も、魔物が一遍に通るには狭過ぎる。
それを利用して戦えば、自分達でも何とか魔物を押さえられると語る、彼らの言葉は真実だろう。
数限りのない魔物達の姿に、その耐えられる時間を考えなければ。
「で、でも・・・そんなの、いつまでも持つ訳ない!!」
「そりゃそうだ。だから、旦那さん方には急いでもらわねぇと」
その事実は、アリーにも分かっているのだろう。
彼女はそれを口にして、彼らを何とか引き止めようとしている。
しかし彼らはすでに覚悟の決まった顔で、それを拒絶していた。
「そうか・・・ならば、もう何も言うことはない。頼んだぞ、お前達・・・なるべく、早く戻る」
魔人討伐という難行を考えれば、彼らがそれを終え戻ってくるなど遠い先の話で、生きて戻ってくる保障すらない。
それを分かっていながら、急いでくれと語る彼らの心持は如何なるものだろうか。
それをそれ以上は尋ねはしないと口を結んだマックスは頷くと、彼らへと別れを告げる。
「へへっ・・・期待してるぜ、旦那。アリーちゃんも、どうか元気で」
マックスが口にした言葉は、決して叶う事のない約束だ。
それでもそれを信じていると笑った彼らは、最期にアリーに声を掛けると、扉の向こう側へと歩いていく。
「アレクシア、行くぞ」
「でも、でもぉ・・・」
「奴らの覚悟を無駄にするな。ウィリア―――」
扉の向こう側へと消えていく彼らの姿に、その場から動こうとしないアリーの肩を、マックスが軽く叩く。
それでも彼女はその場を動こうとしなかったが、それは許されることではない。
彼らの命がけの行動を無駄にするなと口にするマックスは、強く彼女の肩を掴む。
そうして涙を流しながら必死に頷いた彼女に、マックスはウィリアムを呼び寄せようとしていた。
それは圧倒的な力を誇る彼を呼び寄せる事で、この包囲を突破しようとしたのだろう。
しかしその声は、彼に届くだろうか。
先ほど、同じ事をしたマックスの声は彼には届くことがなかったのに。
「ウィリアム!!何をやってるの!さっさと帰ってきなさい!!!」
しかし、声は届く。
彼女の、鋭く通ったその声によって。
「わ、分かったぜよ!!すぐに行くぜよ!!」
セラフによって呼びつけられたウィリアムは、驚くように背中を跳ねさせると、すぐに慌てて駆け戻ってくる。
その猛烈な勢いは、彼の通った道の魔物達が弾き飛ばされ、ぽっかりと穴が空くほどであった。
「な、何か用ぜよセラフ殿?わし、もしかして何かやってしまったぜよ?」
全力で駆け戻ってきてはセラフの前で身体を小さくし、怒られるかもと彼女の顔色を伺っているウィリアムの姿は弱弱しい。
それは先ほどまで、鬼神のごとき勢いで戦っていた男のものとは到底思えないものであった。
ましてや、誰にいわれるまでもなくマックスがやって欲しかった、包囲に突破口を開けた男のものとは。
「い、今だ!!突破口が開いたぞ!!今の内に先へ、先へ急ぐんだ!!」
「「お、おぉ!!」」
開いた突破口も、それが自らの意図と違えば戸惑ってもしまう。
しかし折角の振って沸いたチャンスに、それを不意にしてしまうほどマックスも甘い男ではない。
彼はウィリアムが開いた包囲の穴を指差すと、そちらに向かって進めと指示を出していた。
周り者達も流石は熟練の冒険者達というべきか、若干の戸惑いを抱えながらもすぐにそれに応じる声を上げた彼らは、包囲の穴が閉じてしまわないように駆けだしている。
後に残されたのは、今だにセラフのご機嫌を伺っているウィリアムと、悲しみの余りその場を動けずにいるアリーだけであった。
「行くよ、アリー」
「分かってる、分かってるの・・・でも」
「ここで立ち止まれば立ち止まるほど、あの人達の身に危険が降りかかる・・・分かってるんでしょう、アリー?あの人達のためにも、私達が先に進まないと」
取り残された彼らの周りに、魔物達が集まってくる。
しかし彼らは、向こうから手を出してはこない。
それは彼女達の傍らに、ウィリアムが立ち塞がっているからか。
「うぅ・・・セラフは正しい、正しいよ!それでも、私はっ」
セラフの言葉は正しいと認めたアリーはしかし、感情が理性を上回ってしまっているのか、その場から動こうとしない。
そうなってしまった彼女に、今更誰の言葉も届かないだろう。
「アリーちゃーーん!!俺達は、俺達は大丈夫だ!!だから安心して、先に進んでくれー!!」
そんな彼女に、届く声がする。
それは魔物達と戦う冒険者が消え、扉までやってきたそれらと戦い始めていた、かつてのアリーの仲間達からの声であった。
「皆・・・」
安心してくれと、精一杯強がって叫ぶ彼らの声は、アリーにはどう響いただろうか。
少なくともそうする事で彼らの戦いは余計に危なっかしくなり、とてもではないが安心出来るようなものではなくなってしまっていた。
「うん、分かった。私、頑張るよ!!だから待っててね、皆!!」
しかしそれでも、彼らの心意気は確かに伝わっている。
一人静かに頷いたアリーは、最後の涙を拭うと決意を秘めた表情で顔を上げる。
そこには、先ほどまでの弱弱しい彼女の姿はなかった。
「もう大丈夫そうね。それじゃ、ウィリアム!運んでちょうだい!」
「おぅ!任せるぜよ!!」
顔を上げたアリーの表情にもう大丈夫だと確信したセラフは、一度大きく頷くとウィリアムへと声を掛ける。
その声を聞いたウィリアムは任せてくれと胸を叩くと、軽々と彼女の身体を抱えあげていた。
「ほら、アリー殿も!」
「え、え!?ちょっと待って、聞いてない!!聞いてないからー!!?」
セラフを担ぎ上げ、肩へとしっかりと固定したウィリアムは、その隣に立っていたアリーにも手を伸ばす。
彼女は必死にそんなの聞いていないと抵抗するが、ウィリアムの力に敵う訳もなく、あっさりと担ぎ上げられてしまう。
「マクシミリアン殿に追いつかなければいかんぜよ!!少し、急ぐぜよー!!」
「え・・・急ぐって、今でも十分・・・きゃーーー!!?」
もはや姿が見えなくなってしまっているマックス達の姿に、魔物達の中を無人の野が如く駆けていたウィリアムは、さらに急がなければと速度を上げる。
その凄まじいスピードに準備が出来ていなかったアリーは、驚きの声と共に悲鳴を高くする。
それは彼らがマックス達に追いつくまで、響き続けていた。
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