集う人々 3
「―――いいや、まるで足りていないな。こんな戦力で、彼女をそんな危険な場所に連れ出そうというつもりなのか?マクシミリアン・グラッドストン」
そんな彼の言葉に割り込んできた声は、低く落ち着いた響きをしていた。
「ブライアン・コールドウェル、か・・・何をしにきた?」
その男の名は、ブライアン・コールドウェル。
マックスが攫った、セラフと結婚する筈であった男だ。
「何を?分かっている筈だ!我が花嫁、セラフィーナ・エインズワースを貰い受けにきた!!彼女を返してもらおう、マクシミリアン!!」
あの時とは違い動きやすい格好に着替え、それ相応の武装をも身に着けてきたブラッドは、マックスに自らの要件を告げると静かに抜刀し、彼にその切っ先を突きつけていた。
「悪いが・・・今、あいつを渡す訳にはいかない。大人しく帰ってくれ、ブライアン。侘びならば、後で幾らでもしよう」
花嫁を返せというブラッドの当然の要求も、セラフが飲み込んでしまったアイテムの重要性を考えれば、彼女を彼に返す訳にはいかない。
それをはっきりと告げるマックスの言葉はしかし、そんな事情を知らないブラッドにはどう映っただろうか。
「ふざけるな!!如何に名ばかり公爵と呼ばれようとも、金で花嫁を売り渡すほど落ちぶれてなどいない!!」
それは当然、侮辱として受け取られてしまっていた。
真摯に謝ったつもりのマックスも彼の家と違い、長い年月においてその家格を維持するのに苦労しているブラッドの家の事情からすれば、乞食と扱われたとも感じてしまう。
花嫁を目の前で攫われ、さらに家の事までをも馬鹿にされたと感じたブラッドは、さらに怒りを昂ぶらせてしまっていた。
「え、え!?これは一体、どういう事ですの!?セラフィーナさんが花嫁で、しかもそれのお相手があのコールドウェル公爵!?」
位の高い貴族の間で起こったスキャンダルはしかし、そこから遠いこの場所にはまだ広がってはいないようだった。
そのためその事実を今この場で初めて耳にしたエッタは、目を丸くしては驚いている。
彼女は鬼気迫る表情で向かい合っているマックスとブラッドを忙しく見比べては、赤く染まった頬を押さえていた。
「し、しかも!そのセラフィーナさんを、マックスが攫ったですって!?な、なんてロマンチックな・・・!こんな地位も名誉もあるイケメン達が自分を巡って争いあうなんて・・・う、羨ましいですわー!!!」
若く、美少年といっても差し支えない要望を誇るマックスと、彼よりも一回りは年上ながら落ち着いた大人の色気をその身に帯びているブラッド。
そんな二人のイケメンがセラフを巡って争っているという事実を耳にしたエッタは、素直に羨ましいと叫んでは、その場で地団太を踏んで悔しがっていた。
「おいおい、エッタちゃんには俺達がいるだろ?」
「あ、伯爵以下はNGですわ。貴族に生まれ変わってから、もう一度いらしてくださる?」
「そんなぁ・・・」
二人のイケメンを眺めては悔しがっているエッタに、後ろから仲間達が声を掛けてくる。
しかしそんな彼らの事を、彼女はあっさりと切り捨てていた。
そんなつれない態度にも、笑いが漏れている様子を見れば、彼らの培った絆が本物である事が見て取れた。
「おほん!・・・話題が逸れてしまったが、気に障ったなら謝ろう。そんなつもりではなかった」
大声で騒ぎ始めたエッタの存在に、真剣に向かい合っていた二人の空気は壊されてしまっている。
その気まずさを誤魔化すように軽く咳払いをしたマックスは、まず始めに自分の発言がデリカシーに欠いたと謝っていた。
「なら、彼女を―――」
「悪いが、それは出来ない」
マックスの謝罪の言葉に、それが彼の譲歩の姿勢だと認識したブラッドは、一気にセラフを返してもらおうと詰め寄っている。
しかしそれは、すぐさまマックスによって否定されてしまっていた。
「くっ、頑なな・・・貴方と彼女の関係は知っていたが、それほど深い仲だったとは。しかし私とて引く事は出来ない・・・ならば、力ずくで!」
「何か、勘違いをしているようだな?しかし、それで決着がつくというのなら・・・望む所だ」
マックス達の事情を知らないブラッドからすれば、頑なにセラフを返そうとしない彼の態度は、彼女への執心以外の何ものにも感じられない。
彼はもはや言葉での交渉は不可能だと打ち切り、一度距離をとっては手にした剣を構え直している。
それはもはや脅しではなく、それを使うという仕草だろう。
ブラッドの言動に気に入らないものを感じているマックスはしかし、それで済むならばと自らも得物を手にしていた。
「来い・・・ブライアン・コールドウェル」
「彼女を返してもらうぞ!マクシミリアン!!」
静かに構えた両者に、火蓋はどっちが切るのか。
それを決めたのは、マックスであった。
マックスはブラッドを誘う言葉を吐いて、彼が突っ込んでくる切欠を作っている。
それにすぐさま応えたブラッドは、彼の言葉の影を踏んでいた。
「ねぇー?なんかすぐにでも出発するって聞いたんだけどー?それって本当ー?もぉ、ちょっとは休ませてよねー!」
今まさにマックスとブラッドの二人が切り結ぼうとしているタイミングに、聞こえてきた声はどこか気の抜けた響きをしていた。
「そ、それはそうだけど・・・緊急事態だから、我慢しないと!ね?」
「腕が鳴るぜよ!!」
明らかにだるそうに身体を引きずる黒髪の美女を支えるように歩いているアリーは、彼女を励ます声を掛けている。
その二人を見守るように背後に控えたウィリアムは、それとは関係なしにこれからの戦いに気合を滾らせているようだった。
「ちょ、ちょっと!?駄目じゃないの、貴女がここにきちゃ!!ほ、ほら!早く他の所に行きましょ、セラフィーナさん!!」
突然現れた争いの原因に、誰よりも驚いたのはエッタだろう。
彼女は目を丸くすると、慌ててセラフへと駆け寄り、彼女をこの場から立ち退かせようとその背中をグイグイと押して行く。
「あれ、エッタじゃん?何でここに・・・って、何々!?何なのよ、ちょっと!?」
「いいから、早く離れてくださいまし!!貴女は、ここに来てはいけないのですわ!!折角のイケメン達の戦いに、水を差してしまいます!!ほら、遊んでないで!アレクシアさんも手伝ってくださいまし!!」
久々の再会に喜ぶ間もなく、自分の背中を押してくるエッタに、セラフは戸惑いの声を上げている。
しかしエッタはそんな事などお構いなしといった様子で、彼女の背中を押し続けていた。
「え、え!?う、うん!分かった」
「何ぜよ、これは?ついていけばいいぜよ?」
エッタの強引な物言いに、押しに弱いアリーはつい頷いてしまい、彼女と一緒にセラフの背中を押し始めていた。
はたから見れば女同士のきゃっきゃっとしたやり取りにも見えるそれに、ウィリアムは口を挟むことも出来ず、ただただ後ろからついていくしかなかった。
「セラフィーナさんを匿える場所に、連れて行かないと・・・そうだ、あそこなら!皆、ダンジョンに向かいますわよ!!」
「えっ!?皆で一緒に行くんじゃないのかい?仕方ねぇな・・・」
とにかく早く、セラフをマックスとブラッドの二人から引き離したいエッタは、彼女を匿える場所として、ある場所を思いつく。
それは天然の洞窟とは違い、意外なほどに快適に過ごせる、ダンジョンの中であった。
「・・・一旦、休戦にしないか?」
「そう、だな」
エッタの呼びかけにぞろぞろとついていく彼女の仲間達を見れば、そのままセラフがダンジョンの奥深くにまで連れて行かれる可能性を考えてしまう。
それは危ぶんだマックスはブラッドに一時休戦を呼びかけ、彼もそれに同意していた。
「そうか。なら・・・皆、急ですまない!!今から、魔人討伐に向かう!!先遣隊がすでに向かっているので、それに追いつくまで強行軍になるが、ついてきてくれ!!」
お互いに剣を納めた二人に、マックスは振り返るとその場に残っている仲間達に呼びかける。
それはまさに、今から魔人に討伐に向かうというものであった。
「・・・魔人?どういう事だ?」
それまでの顛末を目撃していた、同行者達の反応は微妙だ。
それでも彼らは、マックスに続いてダンジョンへと向かっていく。
ただ一人、事情を飲み込めていないブラッドを除いて。
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