予兆
ポタリと落ちた水気が、地面に染み込んで消えていく。
突然の雨の気配に、往来の人々が慌てて屋根がある場所へと避難を始めていた。
中にはそんな事など気にも留めずに、そのまま歩き続ける人もいただろう。
しかしそんな人達も、いつまでもそれを続けることは出来ない。
何故なら―――。
「いてっ！何だ、何が・・・？お、おい・・・嘘だろ？」
「雹だ・・・雹が降ってきたぞー！！」
そこには指の先ほどの氷の塊、雹が降ってきていたのだから。
それは最初こそ、その程度の小さな塊であったが、やがて段々と粒を大きくしていき、もはや屋根のない所で立っているのは危険になるほどになってしまっていた。
「雹だと・・・？今は真夏だぞ、何かの冗談か？」
多くの者が混乱し逃げ惑う中、年嵩の男が空を見上げては首を捻っている。
彼が口にした通り、季節は今夏の盛りを迎えている所なのだ。
そんな季節に雹が降るのはおかしいと、彼は一人ごちている。
「・・・天変地異だ！何か良くないことの予兆に違いない！！お、お終いだぁ・・・」
天候の異変に首を捻る者もいれば、それに不吉を感じて取り乱す者もいる。
今やこぶし大ほどもある氷の塊も時折降ってくる異常気象に、それを不吉と感じる者はそれが何かの予兆だと叫んでは、頭を抱えて蹲ってしまっていた。
彼の言葉は混乱した、荒唐無稽なものかもしれない。
しかし目の前に繰り広げられる異常な景色に、それもある種の説得力を帯びて、周りの者達は口々に不吉な予感について話し始めてしまっていた。
「・・・違う。これは、魔人復活の予兆・・・『その者の戒めが解かれる時、天は嘆き悲しみ、石の涙を流す』この記述通りだ。間違いない」
ひそひそと思い思いに不吉な予兆を話している人々の中、一人空を見上げては何かを確信したかのように呟いている男がいた。
彼は傍らに抱えたボロボロの本を開くと、その内容を指でなぞりそれを読み上げる。
「あぁ？兄ちゃん、何言ってんだ？魔人だって？そんなの遠い昔の、神話の中だけの話だろう？この天候だって、きっとよくある異常気象って奴で・・・」
ぶつぶつと一人、訳の分からない事を呟いているひょろ長い白髪の男に、彼の近くにいた恰幅のいい男が話しかけている。
男はその青年が心配することなど起こる訳がないと笑い飛ばそうとしていたが、彼は聴く耳を持たない。
「そうとなれば、こうしちゃいられない！彼に、彼にこの事を伝えなければ！」
「お、おい！兄ちゃん！！行っちまった・・・何だったんだ、一体？」
一通り本の記述を読み込んで何かを確信した青年は、それを勢いよく閉じるとそのままどこかへと駆け出していってしまう。
辺りにはまだ雹が降っていることもあり、男は彼の事を止めようとするが、そんな暇もなく青年は走り去っていってしまっていた。
「これは、もう魔人は復活してしまったということなのでしょうか？いいえ、まだ・・・まだ間に合う筈です。僕の方でも、何か手を打たないと・・・」
駆け抜ける白髪の青年、ランディはその間にもぶつぶつと一人、何かを呟いている。
それは彼のいつもの姿に似ていたが、その表情だけは普段と違い、引き締まった真剣な表情であった。
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