足手纏い
「アレクシア!矢はまだ、残っているか!!」
切っ先が切り開いた視界にも、その先はすぐに埋まってしまう。
それは彼らの周りを取り囲む、魔物達の数の多さを物語っていた。
目の前の魔物を切り伏せ作り出した時間もそれは、一息つく間にも満たないだろう。
マックスは剣を振るったその暇を、仲間の状態を確かめるために使っていた。
「これで・・・最後、だよ!」
狙いを定める最後には呼吸を止めて、絞った弦を解き放つ。
今まさに、最後の矢によって仕留めた魔物の姿を確認していたアリーは、それを大声でマックスへと伝えている。
彼女はもはや役に立たない弓を腰へと括りつけると、二振りの短剣を取り出しては構えていた。
「ちっ、そうか。やはり、そろそろ潮時か・・・」
アリーの返答は、予想を裏切る内容ではないだろう。
それでもその内容にマックスが思わず舌打ちを漏らしたのは、そこに儚い希望を見出していたからか。
それすら失われてしまった彼は、この探索の限界を悟り、引き返すことを考え始めていた。
「・・・あいつは、元気だな」
幾ら切り捨てても減ることない魔物の数に、絶望すら感じていたマックスはしかし、そんな中でも一切様子の変わることない男の姿を目にしては、溜め息を漏らしている。
「なんぜよ、なんぜよ!手応えがないぜよ!!もっとかかってくるぜよ!!」
その視線の先では一人、一行から離れ魔物の群れに取り囲まれながらも、それを余裕で蹴散らしているウィリアムの姿があった。
彼はあまりに余裕があるのためなのか、その背中に背負った新品の斧を使ってすらいないようだった。
「あいつ一人なら、この先も余裕だろうが・・・こいつがいるからな」
汗の一つも掻かず、返り血の一滴すら浴びている様子のないウィリアムならば、この先も余裕で進んでいけるだろう。
彼を頼りにすれば、マックスとアリーの二人も何とかそれについていく事は出来る。
しかしマックスはそんな状況にも、ここで引き返すことを考えていた。
その理由は、彼の視線の先にある。
「あわわ、あわわわ・・・わ、私はどうすればいいの!?どうすればいいの!!?」
そこには自前の剣を抱きしめるように握り締めては、あわあわと右往左往している黒髪の美女、セラフの姿があった。
ウィリアムが苦もなく蹴散らし、マックスが一太刀で葬る魔物達も、彼女からすれば手も足も出ない強敵ばかりなのだ。
それに取り囲まれている今の状況に、パニックになるなというのは無理な話だろう。
では彼女だけ引き返させればいいと思うだろうが、そう簡単な話でもない。
「あのアイテムで開く扉が、この先にまだあるかもしれない・・・そう考えれば、こいつを置いていく訳にもいかない、か・・・」
あの扉を潜った後にも、セラフの体内にあるアイテムに反応するギミックは幾つも存在した。
それを考えれば、アレがこのダンジョンを進む上でのキーアイテムだと考えるのは自然な話であった。
その状況であれば、幾ら足手まといだからといって彼女を引き返させる訳にもいかない。
彼女の体内からアイテムを取り出す事ももちろん考えたが、それがあのアイテムの発動条件である可能性がゼロではない以上、それを動かすことは躊躇われた。
「ちっ、やはりこれ以上は無理だな・・・退くぞ、ウィリアム!アレクシア!!」
ここまで進んできた苦労に、何とか粘れる道筋を探したマックスはしかし、今もあわあわと右往左往しては危なっかしく振舞うセラフの姿に、これ以上は無理だと決断を下す。
彼が叫んだ撤退の合図に、アリーはどこかほっとした様子で顔を上げ、ウィリアムは意味が分からないとキョトンとした表情を浮かべていた。
「撤退?何でぜよ、マクシミリアン殿?わしはまだまだ、やれるぜよ!」
「お前は、な・・・周りを見てみろ、ウィリアム!これでも、先に進めると思うか?」
まるで疲れた様子がなく、そんな状態で何故撤退するのかと疑問を浮かべるウィリアムは、まだまだ元気だとアピールするように両手を振っている。
そんな彼にマックスは、自らのすぐ傍にいる二人の姿を示して見せていた。
そこには疲れ果てた様子のアリーと、彼女の背中に縋りつき怯えたように辺りを視線をやっているセラフの姿があった。
「そ、それは・・・分かったぜよ、わしが悪かったぜよ」
「ふん、分かればいい・・・やはりお前は、守りには向かないな」
疲れ果てた様子のアリーの姿を見れば、これ以上先に進むのは無理だと一目で分かる。
彼女をそんな姿になるまで無理をさせてしまったと悟ったウィリアムは、しゅんと肩を落とすと謝罪の言葉を口にする。
ウィリアムのその姿に満足気な様子を見せたマックスは改めて、彼が守りには向かない性質だと認識していた。
「よし、撤退するぞ!殿はウィリアム、お前に任せた!」
「ま、任せるぜよ!!敵は絶対に、通さんぜよ!!」
撤退に納得する様子を見せたウィリアムに、マックスはそれを宣言すると、大きく剣を振りかぶる。
それを振り払った切っ先で、切り裂いた魔物は幾匹であっただろうか。
そうして広がった包囲の穴を、彼に殿を任せられたウィリアムが埋めてゆく。
周りの状態に気を払えなかった失態を挽回しようとする、彼の気合は十分だ。
自らが口にした言葉通り、一匹も敵を通さないという気概を見せる彼に、心配は必要ないだろう。
撤退を先導するマックスは、もはや後ろを気にすることなく足を急がせる。
その足が緩むことは、最後までなかった。
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