その者、用意周到につき
辿り着いたダンジョンの前には、眩しい朝日が昇っている。
その眩しさに手を翳し、目を細めたマックスはそれに慣れても、そのしかめっ面を変えることはなかった。
それは彼に続いて馬車から降りてきた、花嫁姿の人物を見れば分かるだろう。
なぜか自信満々な表情でそこから降り立った彼女、セラフはその場違いな格好にも恥じることなく、懐かしそうに周りの景色を見回していた。
「ちっ・・・その状態でもちゃんと効果があるかどうか、一応試してはみるが・・・なければ、どうなるか分かっているだろうな?」
「何度も何度も、うるさいわね!!分かってるわよ、ちゃんと!その時は、煮るなり焼くなり好きにしなさいよ!!」
観光気分で気楽な様子を見せているセラフの姿に、マックスは舌打ちを漏らすと、くどくどと釘を刺している。
ここまでの道中にも何度も繰り返されたその言葉に、セラフはうんざりとした表情を見せると、その時は勝手にしなさいと投げやりに腕を振るっていた。
「ふん、分かってるならいい。さっさと行くぞ、余り時間がないからな」
「ちょ!?ちょっと待ちなさいよ!私、この格好なんだけど?このままダンジョンに行かせるつもり!?」
セラフから言質を取ったマックスはそれに満足すると、さっさとダンジョンへと向かおうとしている。
それに何の疑問も抱かず、ついて行ったのはウィリアムだけだ。
自らの衣装をアピールするようにそれを広げ、こんな格好ではダンジョンには行けないと主張するセラフと、その隣でその意見に同調しているアリーは、その場から一歩も動く様子は見せなかった。
「そうだよ!流石にこの格好は、恥ずかしすぎるよ!」
「こんな格好じゃ、動き辛いでしょ!!」
女性二人が、セラフの格好について文句を言うのは、ほぼ同じタイミングであった。
しかしその内容は微妙に齟齬があり、それについて彼女達はお互いに顔を見合わせてしまっていた。
「・・・ん?別に私は、恥ずかしくなんてないけど?」
「えっ!?そ、そうだよね!動き辛いよね!うんうん!!」
今からダンジョンに挑むという、冒険者風の格好の者達ばかりが集うこの場所において、明らかに浮いている純白の花嫁衣裳を身に纏いながら、セラフは少しも恥ずかしくはないと腕を組んでいる。
確かにその堂々とした態度は、セラフの容貌も相まって寧ろ格好良さを醸し出してはいたが、彼女の予想もしていなかった発言に、アリーは反応に困ってしまっているようだった。
「知るか。お前が、無理矢理ついて来たんだろう?それぐらい、自分で何とかしろよ」
「良く似合ってるぜよ!わしも別に、そんままでもいいと思うぜよ!」
格好を気にする女性陣に、男性陣の反応は冷たい。
マックスはそんなことには興味はないといった様子で先を急ぎ、ウィリアムも見当違いな感想を述べるばかりで役には立ちそうもなかった。
「はぁー・・・!本当、役に立たない奴らねぇ・・・どうしようかしら、これ?」
状況が良く分かっていない様子のウィリアムは、マックスに促されることによってとぼとぼとそちらへとついていってしまう。
その姿を眺めては長々と溜め息を漏らしたセラフは、頼りにならない男共の存在は嘆いては自らの格好を見下ろしている。
そこには柔らかで高級な生地で作られた花嫁衣裳が風に揺れており、それはどう考えてもこれからのダンジョン探索に向いた格好ではなかった。
「わ、私の装備なら、宿に予備があるけど・・・ちょっとサイズが合わないかもだし」
「・・・そうね」
宿にならば予備の装備があると告げたアリーに、セラフが向ける視線は何故か冷たい。
それはセラフとアリーの身体との間にある、ある一部の部分のサイズの違いが原因であったが、それをはっきりと告げない程度の嗜みは彼女の中にも存在した。
「私が泊まってた宿なら・・・って、流石にもうそこにある訳ないわよね」
アリーの予備が当てにならないと分かったセラフは、かつて自分が宿泊していた安宿について思いを馳せていた。
あそこにならば予備の装備もあった筈と考えた彼女はしかし、そこはとっくに引き払ってしまった思い出して一人、薄く笑みを漏らしている。
「いえ、そこにも予備の装備を用意しております、お嬢様」
しかしそんなセラフの独り言に、応える声があった。
それは酷く落ち着き払いまさに紳士然とした、どこか聞き覚えのある声であった。
「っ!?ベ、ベンジャミン!?い、いつからいたの!!?」
それはセラフの家であるエインズワース家執事、ベンジャミン・ブラックモアその人であった。
「・・・?先ほどから、おりましたが?それよりも、お嬢様。代えの衣装でございます、そちらの馬車の中でお着替えになられてはいかがでしょうか?」
いきなりの登場に大げさに驚いているセラフに対して、ベンジャミンは心底不思議そうな顔で、始めからそこにいたと告げている。
しかし彼女の後ろにいるアリーが必死に首を横に振っているのを見れば、少なくとも普通の方法でそこに現れたとは考えられなかった。
「そ、そうね!そうする事にするわ!き、気が利くわね、ベンジャミン!!」
「・・・これも、執事の務めでございますから」
余りの驚きのためか、思考を放棄した様子のセラフは差し出された衣装を受け取ると、そのまま先ほど降りてきた馬車へと駆け込んでいく。
「・・・その、良かったんですか?セラフは今、色々と微妙な立場なんじゃ・・・それを手助けすると、貴方の立場が・・・」
セラフがその場を去り、ベンジャミンと二人っきりとなったアリーは、恐る恐る彼に尋ねている。
お見合いの場を投げ出し、結婚式をぶち壊しにしたセラフを助けて大丈夫なのかと。
「?これは異な事を仰います。執事が仕える家の者をお助けするのに、理由が必要ですか?」
「そ、そうですね!ごめんなさい、変な事を聞いて!!」
その質問に答えた、ベンジャミンの言葉は簡潔だ。
しかしその内容はどこか、質問をはぐらかしているように聞こえる。
それでもアリーがそれ以上ベンジャミンに尋ねられなかったのは、彼がその瞳の奥でそれ以上聞くなといっていたからか。
「おい!まだかっ!!いつまで待たせるつもりだ!」
二人を置いて先に進んだように見えたマックスはしかし、ちゃんと少し進んだ所で彼女達を待っていたようだ。
いつまでも追かけてこない二人に痺れを切らした彼は、こちらへと姿を見せると早くしろと急かしてきていた。
「はいはーい!!今行くー!!ほら、アリーも行くよ!!」
「う、うん!」
その声に、いつもの格好へと着替えたセラフが馬車から飛び出してくる。
彼女はアリーの手を掴むと、そのままマックスの方へと駆け出していった。
「・・・それが狙えるのであれば、コールドウェル家よりもグラッドストン家の方がより望ましい。奥様もまだまだ、ご健在でございますね」
駆けていく二人の姿を眺める、ベンジャミンの表情は平静そのものだ。
その彼が呟いた言葉も余りに穏やかで、誰の耳にも残ることはなかった。
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