それは丸くつるっとした形状をしていた 2
「アレクシア、俺達がこれから向かうのはダンジョンで、その中でも特に厳しいであろう隠された階層だぞ?当然、出てくる魔物も手強くなっていくだろう。そんな所に、こんな・・・足手まといを連れて行くつもりか?」
アリーのもっともらしい提案はしかし、マックスによって真正面から否定されていた。
彼らがセラフが持つアイテムを欲していたのは、あのダンジョンの隠された階層へと足を踏み入れるためだ。
当然そこには、今まで見たことのないような脅威が待っているかもしれない。
そんな場所に挑むことを考えれば、武門の家に生まれ幼少の頃より厳しく鍛えられたマックスや、自らで見つけた仲間達としっかりと鍛錬し実力を培ったアリー。
そして圧倒的な力を秘めるウィリアムはともかく、すぐにサボったり手を抜いたりで碌なレベル上げもしてこなかったセラフは、足手まといにしかならないだろう。
「はーーー!完全に本音が出ましたよ、この人!!やっぱり私を置いてくつもりじゃん!!そんなの、絶対許さないんだからね!!」
そんな正論を告げるマックスに対して、セラフはついに本音を引き出したぞと、鬼の首を取ったかのように騒いで見せている。
しかし彼女のその言葉は、どうやら誰の心にも響いてはいないようだった。
「た、確かに。そうだよね・・・」
「わ、わしならきっと、何とかして見せるぜよ!」
キンキンと響いたセラフの声を素通りして、アリーはマックスの言葉に納得を示している。
どうしてもセラフと一緒に行動したいウィリアムは、自分ならば何とかしてみせると主張しているが、その声もどこか震えているようだった。
「アレクシアの事を放っておいてか?ウィリアム、お前はどうも守ることは苦手らしい。そんなお前が、二人も同時に守っていけると思っているのか?それとも・・・どちらか片方を見捨てるつもりか?」
「うっ!?そ、それは・・・わしには、出来んぜよ」
幾ら圧倒的な力を持つウィリアムといえど、それで全てを守れる訳はない。
しかも彼はどちらかというと、敵の渦中へと一人で突っ込み、それを蹴散らすという戦い方を得意としているのだ。
彼とダンジョンを探索した経験からそれを指摘するマックスに、ウィリアムは言葉に詰まり俯いてしまう。
それは彼の意見が正しいと、認めたことに他ならなかった。
「そういう事だ。さぁ、これで分かっただろう?セラフィーナ、お前を連れて行くことは出来ない。それを渡して、ここから出て行くんだ。今なら、近くの街に下ろしてやってもいい」
この馬車の車内に他に反対する者がいないことを確認したマックスは、一度セラフから距離を取ると、彼女にまっすぐ見据え語りかける。
それは恐らく、彼からの最後通牒だろう。
彼女へとそっと伸ばした手も、奪い取るのではなくそれを自ずから差し出すことを望んでいるようだった。
「いーーーやーーーでーーーす!!!絶対、ぜーーーったい!渡しませーーーん!!!」
しかしそんなマックスの理性的な説得も、セラフには通用しない。
彼女はマックスが差し出した手をペチンと払いのけると、そのまま逃げるように身体を遠ざけていた。
「はぁ!?お前・・・話を聞いてたのか!!?」
セラフの予想だにしない反応に、マックスは思わず面食らってしまい、彼女に話を聞いていたのかと尋ね返してしまっていた。
「聞いてましたよーだ!何よ!そんなのなんて、全部あんた達の都合じゃない!!私には関係ないでしょ!!」
「この女・・・!!ちっ、こうなったら力ずくで!」
しかしその質問に、セラフは舌を出して答えるだけ。
マックス達の事情など知ったことではないのたまうセラフに、マックスはもはや説得は無理だと諦めて、力ずくでそれを奪おうと彼女に襲い掛かっていた。
「はぁ!?言葉で敵わないからって、力ずくでくるなんてサイテー!!ぎゃー、犯されるー!!助けて、誰かー!!」
「何、訳の分からないことをいってる!!えぇい!いいからそれをさっさと寄越せ、セラフィーナ!!」
飛び掛るようにして襲い掛かってきたマックスに、セラフは悲鳴を上げては助けを求めている。
マックスは彼女のその言動に文句を零すが、その場にいる彼ら以外の人物は、その争いに巻き込まれないように、既にそっと車内を移動しているようだった。
「絶対に、渡すもんですかっ!!ちょ、あんた!?そんなに押したら、あっ!!?」
「あぁ?誰がそんなのに騙され・・・うおっ!?」
もみ合う二人は不安定な姿勢で馬車の隅っこへと押しやられ、一つの物を奪い合うという目的は両者の力を歪んだ形で均衡させた。
それは崩れた体勢という形で結実し、やがてバランスを崩しては、二人して倒れこんでしまう。
「痛てて・・・ちょっと、何してくれてんのよ?」
「ふんっ、悪かったな・・・」
揉み合い一緒に倒れこんだ二人は、意外にもお互いを気遣っている。
しかし彼らは忘れてはいないだろうか、彼らが何を求めてそうなったかを。
「おい、アレはどうした?」
「・・・え?あっ!?」
それがなくなっている事は、マックスが先に気づいていた。
しかしその所在は、それを視界に捉えたセラフの方が先に見つけている。
二人がお互いに手を伸ばしていたアイテムはその手に弾かれて今、宙高く舞い上がっていた。
「?何だ・・・お前っ!?渡すかっ!!」
「ちょっと!?邪魔しないでよ!!手が・・・!」
短く声を上げ、慌てて手を伸ばしたセラフの動きに、マックスは一瞬不可解な表情を見せている。
しかしすぐに彼もその意図に気付くと、頭上を見上げそこに浮かんでいるアイテムへと手を伸ばす。
それは身体能力の違いに、先に延ばしていたセラフのそれにすぐに追いつき、二人はほぼ同時にそれへと到達していた。
「ちっ!邪魔を・・・何?」
「何してくれてんのよ!いい加減に・・・むぐっ!?」
ほぼ同時ともいえる到達は、当然のように衝突を生み出して、掴みかけていたアイテムを弾き飛ばしてしまう。
そのことにお互い文句を言っていた二人はしかし、その途中で明らかな異変に口を噤んでいた。
それはセラフの口へと真っ直ぐに飛び込んだ、小さなアイテムの姿を見れば一目で分かるだろう。
「ごくん・・・飲み込んじゃった」
小ぶりなそのアイテムは、喉を通り過ぎる異物感を小さくする。
それは激しい運動に疲れ、呼吸を欲していたセラフの喉を唾やなんかと一緒に通り過ぎ、あっという間に飲み込まれてしまっていた。
「はぁ!?おまっ・・・何て事をしてくれたんだ!!?」
反射的に思わず飲み込んでしまったその事実を、呆けたようにそのまま言葉にするセラフに、マックスは言葉を失ってしまっている。
頭を抱え言葉を失ってしまったマックスも、時間が経てば文句も言いたくなる。
しかしそんな彼の言葉を受けても、セラフは逆に勝ち誇った表情をその顔に浮かべていた。
「ふふーん!これで私を連れて行くしかなくなったわね!!ざまぁみろってのよ!!!」
体内にあるアイテムにはもはや手出しは出来まいと勝ち誇るセラフは、これで私を置いてはいけなくなったわねと宣言している。
それは確かにそうだと、アリーとウィリアムはどこか呆れながらも納得する様子を見せていた。
しかし、ここにいる全ての者がそうだとは限らない。
「・・・殴ってでも、吐き出させる」
そう静かに呟くと、マックスは拳を握り締める。
彼はセラフのお腹を殴ってでも、無理矢理彼女にアイテムを吐き出させるつもりなのだろう。
「そ、それは流石にいかんぜよ!!止めるぜよ、マクシミリアン殿!!」
「そうだよ!駄目だよ、マックス!!」
既に拳を振りかぶりつつあるマックスに、ウィリアムが慌てて止めに入り、彼を羽交い絞めにしている。
彼と同じように、マックスの凶行を止めようとしていたアリーは、セラフを守るようにして彼女を抱きかかえていた。
「えぇい!放せ、ウィリアム!!」
「そうよそうよ!やっちゃえ、ウィリアム!!女の子のお腹を殴ろうとするなんてサイテー男、そのままやっつけちゃえ!!」
圧倒的な膂力を誇るウィリアムに羽交い絞めにされたマックスは、それ以上先に進むことは出来ない。
しかしそれでも彼は何とか先に進もうと、もがいている。
そんな彼の姿に、セラフは余裕の笑みを浮かべると、拳を振りかざしては好き勝手に煽り続けていた。
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