それは丸くつるっとした形状をしていた 1
「はぁ?何よ、それ?」
お見合いの席をぶち壊し、擬似とはいえ結婚式まで台無しにして一人の人間を攫ってまでした事が、こんなちんけなアイテムを手に入れる事だと聞かされても、それをすぐ理解する事は難しいだろう。
それを象徴するように顔一杯に疑問符を浮かべては、訳が分からないという表情をしているセラフに、アリーはどこか気まずそうに顔を背けていた。
「え、ちょっと待って・・・あんたら、私が結婚するからって慌ててやってきたんじゃなくて、これが欲しかったからここまでやってきたってこと?そのためだけに、お見合いを台無しにして、式にまで踏み込んできたと?」
アリーの言葉が信じられないセラフは、彼らがやってきたことを羅列してはそんな訳がないと否定を欲しがっていた。
しかしそれは、紛れもない事実なのだ。
「あぁ、その通りだ。それが手に入りさえすれば、お前には用はない。ここで降りたいなら、勝手にすればいい」
そしてその事実を、マックスはこれ以上ないほどに残酷に伝えてしまう。
「わ、わしはセラフ殿の結婚をぶち壊しにきたぜよ!!本当ぜよ!!」
ひびが入ったように冷たくなっていく空気に、慌ててウィリアムがどこかピントのずれたフォローを叫ぶが、それでこの空気が和むことはない。
マックスの言葉に固まってしまったセラフは今だに動かず、そしてそんなことを気にも留めていない彼は、彼女に静かに腕を伸ばしていた。
「だから、さっさとそれを寄越せ。セラフィーナ」
その言葉が、どこか優しい声色だったのは、それが彼なりの気遣いだったからだろうか。
しかしその内容の容赦のなさを考えれば、その程度の気遣いなど意味を成さないだろう。
事実その言葉に、セラフはフルフルと小刻みに震え始めてしまっていた。
「・・・ない」
フルフルと小刻みに震えるセラフが呟いた言葉は、小さい。
それは彼女の発言に注目が集まった車内でも、聞き逃してしまうほどに。
「・・・何か言ったか?まぁいい、とにかくそれを早く―――」
沈黙に、小石を跳ねた車輪が一瞬の空転にカラカラと音を立てる。
それが再び地面へと接し、轍を引き始めるまではほんの僅かな間だろう。
そんな僅かな時間、セラフが再び言葉を発するのを待ってやっていたマックスは、もはや待つことは出来ないと、彼女の腕から無理矢理アイテムを奪おうと手を伸ばす。
その彼の行動は、彼女にとってまさに最後の一線を越えるものであったようだ。
「許せないって言ったのよ!!何?あんた達は、これさえ手に入れば良いわけ!?それじゃあ、私はどうすればいいのよ!!?今更、お母様の所に戻れる訳ないじゃない!!あんた達はお見合いをぶち壊しにしたのよ!だったら、最後まで面倒見なさいよね!!!」
マックスが伸ばしてきた手に噛み付くようにそれを睨みつけたセラフは、抱えたアイテムをがっちり守るように後ろへとやると、大声で喚き散らし始めていた。
マックスは先ほどから頻りに、そのアイテムさえ手に入ればセラフの事などどうでもいいと発言している。
しかしそれでは、彼女は困るのだ。
結婚式の会場に男が乱入し、彼女を攫っていく。
それは彼女が、如何に魅力的かを語るエピソードとなるだろう。
しかしそれが、実は彼女が持つアイテムが必要だっただけと知られ、その上ここで捨てられた彼女が、おめおめとブラッドの下へと帰っていったらどうなるだろうか。
それは間違いなく、周りから笑い者にされる未来が待っている筈だ。
それだけは何とかして避けたいセラフは、何としてもマックス達と行動を共にする必要があった。
「ふんっ!そんなのこっちの知ったことか!!自分でどうにかすればいいだろう?」
「そんなのが、通る訳がないでしょうが!!あんたは私を結婚式の会場から攫ったのよ!それはもう、そういう関係だって言ってるようなもんでしょうが!!あーぁ、完全に傷物にされちゃったなー、私!男共に誘拐されちゃったもんなー、どうしたってそうなっちゃうよなー!!」
このまま捨てられてしまうと困ると主張するセラフに、マックスはそんなこと知ったことかと言い返している。
それはセラフの不満をさらに煽る結果となってしまい、彼女はこれ見よがしに声を張り上げると、自分は被害者だと声高に主張し始めていた。
「えっと・・・私もいたんだけど」
「そうぜよ、そうぜよ!わしはそんな卑怯なことはせんぜよ!!」
男達に力ずくで攫われ、傷物にされてしまったと嘆くセラフに、アリーは控えめに手を掲げては自分もいたとアピールしている。
彼女の控えめなそれに同意しては、大声を張り上げているウィリアムは自分はそんなことはしないと主張していた。
確かに彼の性格を考えれば、そんなことはする筈はないだろう。
しかしセラフが語っているのは風聞の話であり、そこに彼の性格は関係ないのだ。
何よりそんな二人の言葉は、今まさに言い争いの真っ最中であるセラフとマックスには届くことはなさそうだった。
「いいから、さっさとそれを寄越せ!!」
「絶対、渡すもんですか!!あんたこれを手に入れたら、私をここから放り出すつもりでしょ!?そうはさせないんだから!!!」
レベルも、身体能力も圧倒的に上回る筈のマックスの手から、セラフがそれを何とか守り通しているのは、彼女の執念の賜物か。
もはや揉み合いになっている二人にも、セラフはそのアイテムを今だに手放してはいないようだった。
「ね、ねぇマックス!それなら、セラフも連れて行ってあげたらどうかな?」
「そうぜよ!それで皆、丸く収まるぜよ!!」
必死に抵抗を示すセラフに、マックスもその手の激しさを増していく。
それはやがて、暴力へと姿を変えるだろう。
それを危惧したアリーは、二人の言い分から妥協点を見出してはそれを述べていた。
マックスとは違い、このままセラフと一緒に行動したいウィリアムもそれにすぐさま同意しては、うんうんと激しく頷いて見せている。
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