その馬車の行き先は 1
「で?どうするつもりなのよ、これから?一体、どこに向かうつもりなの?」
彼女がそれを切り出したのは、馬車が走り出してからかなりの時間が経った後の事であった。
マックスが用意したであろう馬車は、豪勢で余裕のある作りであったが、そこに四人も乗客が乗り込めば僅かに息苦しさも感じてしまう。
それはその中の一人が一際大柄な体躯を誇る、ウィリアムであるとなれば尚更だろう。
そんな息苦しさを避けるためか、その会話を切り出した黒髪の美女、セラフは僅かに身体を仰け反らせるようにして、呼吸に必要な空間を確保していた。
「まぁ?私みたいなとびっきりの美人が、人のものになるって聞いて慌てちゃったのは分かるんだけど・・・あんまり無計画なのは嫌われるわよ?大体、駆け落ちしようってのに、女連れで来るってどうなのよ?ま、私は心が広いから?そういう所は大目に見てあげてもいいけどねー」
セラフが切り出した会話に、誰も応える者がいなかったのは、それが触れ辛い話題だったからか。
それは確かではないが、少なくとも彼女は周りの誰かが口を挟む前に、好き勝手に話しては自分の思惑を語っている。
その内容は、自らを攫って逃亡したマックス達の事をたしなめるもので、上から目線で語っているそれに、彼女の今の浮かれた心情が良く現れていた。
「・・・ダンジョンだ」
「は?何ですって?今、何ていったのマックス?良く聞き取れなかったわ、もう一度いって頂戴?」
男共が、必死になって自分を求めている。
そのシチュエーションに調子に乗ったセラフへと冷や水を浴びせかけたのは、その男共の一人、マックスであった。
彼は短く端的に、自らの目的について告げている。
しかし今のセラフにはその意味が全く伝わらず、彼女は耳をそばだてては彼にもう一度お願いと尋ね返していた。
「だから、ダンジョンだ。お前が聞いたんだろう?これから、どこに向かうのかと」
「・・・は?何それ、どういう事よ?」
どこかおちょくるような態度で聞き返してくるセラフに、マックスは心底面倒臭そうに嘆息を漏らすと、同じ内容を繰り返している。
彼はその言葉に、セラフにも分かりやすいように補足を入れていたが、それが余計に彼女の頭を混乱させてしまう。
「え?ちょっと待って!?この馬車、ダンジョンに向かってるの!?あんたの領地じゃなくて!!?何でよ、全然意味が分からない!!あんたの領地なら、お母様だってそう簡単に口出し出来ないから安心って思ってたのに・・・どういう事よ!?」
マックスの言葉に疑問符を浮かべ、僅かな時間固まってしまっていたセラフは、再び動き出すと激しく言葉を捲くし立て始める。
彼女がこの馬車の中で余裕のある態度を見せていたのは、それがマックスの領地へと向かっていると考えていたからのようであった。
幾ら経済的な成功を収め、影響力を強めようともセラフの家は伯爵家である。
そのためマックスの家である、グラッドストン公爵家とは天と地ほどの家格差があった。
その領地に逃げ込めば、いかなリリーといえど容易に口を出すことは出来ないだろう。
そう考えていたセラフは、マックスの言葉に混乱し、頭を抱えて取り乱してしまっていた。
「ふん。そんなの、こっちは知ったことか。それより、例のアレはどうした?ちゃんと持ってきているのか?」
セラフが喚き散らす言葉に、マックスは鼻を鳴らすとそんな事はどうでもいいと吐き捨てている。
彼はそれよりも、彼女が持っている筈のアイテムの方が気になるようで、その全身を舐めるように見詰めていた。
「はぁ!?そんなのって、あんたねぇ!!私がどんな状況にあるか、分かってるわけ!?人のこと攫っといて、あんた何様のつもりよ!!」
しかしお見合いを台無しにされた挙句、そこから攫われてしまったセラフからすれば、それはそんな事で済まされる問題ではない。
ただでさえこれまでの振る舞いで母親から睨まれているセラフは、今回の事でさらに立場を失ってしまうことを危惧している。
その不満をマックスへとぶつけるセラフは、そのまま彼に掴みかかろうとしていた。
「セ、セラフ!?落ち着いて!!手を出しちゃ、駄目だよ!!」
「放して、アリー!一発殴んないと、気が納まらないわ!!」
しかしマックスへと殴りかかろうとしていたセラフの身体は、彼女の隣に座っていたアリーによって制止させられていた。
セラフが引き篭もったり、姫プでレベル上げを怠っていた間にも、ウィルソンと冒険を共にして鍛錬を怠らなかったアリー。
その二人の実力差は当初よりも開いており、がっちりと羽交い絞めにされたセラフの身体はもはや、ピクリとも動くことはなかった。
「そ、それにほら!元々、無理矢理やらされたお見合いだったんでしょ?破談になって、良かったじゃない?ね、そうでしょ?」
アリーにがっちりと羽交い絞めにされながらも、セラフは一向に落ち着く様子を見せない。
セラフを無理矢理攫ってきてしまったという負い目があるアリーには、それ以上強く彼女を押さえつけることが出来ない。
そのためアリーは彼女を何とか落ち着かせようと、どうにか説得の言葉を紡ぎ始めていた。
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