結婚式 2
「ふん、ブライアン・コールドウェルか。最近まで継承権すらなかった三男坊が、俺の前に立つか・・・いいだろう、相手になってやる」
自らの目の前に立ち塞がったブラッドの姿に、マックスはつまらなそうに鼻を鳴らしている。
マックスは明らかに彼の事を見下す様子を見せていたが、それでもその決意に敬意を表すように、静かに決闘へと向かう。
「っと、言いたい所だが・・・あまり時間がないんでな、悪く思うなよ?ウィリアム!!」
「おぅ、ぜよ!!」
セラフの事を床へと降ろし、その腰に下げた剣を抜く仕草を見せたマックスはしかし、その途中でニヤリと笑うと再び彼女の事を担ぎ上げる。
彼がその名を叫ぶと共にステンドグラスを突き破って現れたのは、見上げるような大男、ウィリアムであった。
「そいつは任せた!!」
「っ!?行かせるか!」
再びの派手な乱入者の姿に、皆が呆気に取られていると、マックスが再びその隙を突いて逃げ出そうとしていた。
しかしそれは、すれ違い際に何とかそれに気付いたブラッドによって阻止されてしまう。
「おまんの相手は・・・わしぜよ!!」
それも、この男に掛かれば一蹴されるだけ。
「っ!?何だ、この力は!?うおっ!!?」
むんずと掴んだ襟首は、そのまま万力のような力で引き上げられ、ブラッドはそれに抵抗することが出来ない。
その異常な力に引き上げられ、戸惑っているブラッドは予想もしていなかっただろう。
自らの身体が、そのまま投げ飛ばされてしまうなどと。
「マ、マックス!早くこっちに!!」
ウィリアムがブラッドを投げ飛ばしたことで障害のなくなったマックスは、一気にこの教会の出口にまで駆け抜けていく。
そこには、出口となる扉を押さえて、彼らを手招きしている栗色の髪の女性の姿があった。
「よし!こいつを頼んだ!!馬車は!?」
「向こうに回してある!!」
その女性、アリーの横を通り過ぎざまに抱えていたセラフを彼女へと寄越したマックスは、そのまま彼ら移動手段である馬車へと向かっていく。
後には、アリーに抱きかかえられ何が何だか分からないという表情をしている、セラフだけが残されていた。
「え、え?ア、アリー?これは一体、どういう事なの!?」
「ご、ごめんねセラフ!説明は後で、後でするから!!今はとにかく・・・ウィリアム!!」
訳の分からない状況でも、同性の親友に抱きかかえられれば少しは安心するのか、セラフは僅かながらにも落ち着きを取り戻している。
そんな彼女が現状の説明を求めても、アリーは今はそんな暇はないと教会の中へと振り返る。
その視線の先では、ブラッドとウィリアムが激しい戦いを繰り広げていた。
「おんし、どこの馬の骨かと思うたが・・・中々やるぜよ」
「ふっ・・・それだけ余裕を残しておいて、褒められても嬉しくはない、な!」
侮れない相手だと口にしたウィリアムはしかし、明らかに余裕を残した態度で正面に立つブラッドを見据えている。
それは今、まさに肩で息をしては必死に呼吸を整えている様子のブラッドの姿を見れば、その違いは明らかだろう。
ブラッドをそれ以上を先に進ませないようにする以外、一切の敵意を見せていないウィリアムを前にしても、彼の額を伝う冷や汗は止まる事はない。
それだけの実力差に、誰よりも竦んでいるのブラッド自身だろう。
それでも彼は剣を振るう。
花嫁となる女性、セラフと取り戻すために。
「おおぅ!?会話中に攻撃するのは、ルール違反ぜよ!!」
「これぐらいしなければ、私には・・・彼女を取り戻せない!」
会話中の隙をついたブラッドの攻撃は、それでもウィリアムに軽くいなされてしまう。
しかしそれでもそれは、今までの攻撃よりは可能性を感じる太刀筋であった。
それを信じればブラッドはさらに踏み込んで、それを繰り返す。
「またぜよ!そっちがその気なら・・・わしも少し、本気を出すぜよ」
しかしそれは、彼が望んだ結果とは逆の結末を齎してしまう。
繰り返された不意打ちはもはや大した効果を齎さず、ウィリアムの機嫌だけを損ねる事となっていた。
それは、彼に決意を促してしまう。
そっちがルールを守らないならば、こちらも守る必要はないという、決意を。
「それがどうした!私は・・・うっ!?」
ウィリアムが呟いた言葉に、ブラッドは反射的にそんな事では自分は引き下がらないと言い返している。
しかしそれも、目の前のウィリアムの姿を目にするまでの話しだ。
軽く拳を握っただけの彼はしかし、明らかに先ほどまでよりも大きく見え、それは確実な死の姿となってブラッドへと圧し掛かってきていた。
「ウィリアム!!もう大丈夫だから!早くこっちに!!」
「っと、そうだったぜよ。悪いけども、わしはここいらで引かせてもらうぜよ!アリー殿、今行くぜよー!!」
静かに、ウィリアムが一歩踏み出すと、それにつられてブラッドの肩がびくりと跳ねていた。
彼がその反動に、思わず自らの得物を取り落としてしまわなかったのは、ただの偶然だろう。
アリーからの声に、いつもの柔和な笑みへと戻ったウィリアムは、あっさりと身を翻すとそのまま教会の外へと向かっていく。
その隙だらけな後姿を目にしても、ブラッドは指先一つ動かすことは出来なかった。
「助かった、のか?いや、違う。私は・・・」
慌しく立ち去っていったウィリアム達がいなくなれば、この場は静寂に包まれることになる。
そこに響いた硬質な音は、ブラッドがその手にした得物を手放した音だろう。
安堵の息を吐き出した彼はしかし、その最後に後悔を口にしている。
そう、彼は逃がしてしまったのだ。
自らの花嫁を攫った連中を。
「何を、何をやっているのです、ブライアン!!」
放心したように立ち尽くしているブラッドに、後ろから声が掛かる。
それは一体、誰の声であろうか。
この場に残った者は、多くはない。
「・・・母上」
それはこの式の唯一の参列者、ブラッドの母親であった。
彼女は椅子に縋りつくようにして立ち上がると、血走った目でブラッドの事を睨みつけている。
そんな母親の姿に、ブラッドは僅かに驚いたような、困ったような表情を浮かべていた。
「花嫁を奪われて、貴方は何を呆けているのですか!!早く、早く追いかけなさい!!そして奴らに、目に物を見せてやるのです!!」
衰弱し、今にも命が消え去ってしまいそうだったブラッドの母親はしかし、今はその怒りを燃料に力を漲らせている。
その鬼気迫る表情は、とても死期が迫った人間のものではない。
そんな彼女はブラッドに指を突きつけ、命令する。
花嫁を奪い返せ、と。
「・・・母上、私もそのつもりです」
母親の言葉に小さく頷いたブラッドは、手放してしまった得物を拾うと、それを鞘へとしまう。
そうして踵を返し教会への出口へと向かう彼は、動きを制限するタキシードを脱ぎ捨てていた。
ふわりと宙を舞ったそれが、近くの椅子へと引っかかる頃には、彼の姿はこの場から見えなくなっていた。
「必ず、必ず取り戻すのですよ、ブライアン!!必ず!!」
愛する息子の姿が見えなくなっても、母親はその場に立ち尽くし、怨嗟の声を上げ続けている。
それはまるで、彼女の命が燃え尽きるまで続くかのようだった。
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