結婚式 1
「はぁ、はぁ・・・な、なんとかここまでこぎつけました。本当に、本当にギリギリだった・・・」
ステンドグラスから差し込む光は、その色身を受けてさまざまに輝いている。
その教会は貴族が結婚式を挙げるには、あまりにこじんまりとしているだろう。
しかしその式の来賓席に座っているのが、年老いた女性一人であるならば、それぐらいで丁度いいのかもしれない。
そんな式の様子を教会の隅で見守る女性、ケイシーはその壁へと寄りかかりながら、切れそうになっている息を必死に繋ぎ止めている。
それはその疲れ果てた様子に、彼女がこの式の準備にどれだけ頑張ったかが如実に現れていた。
「あぁ、でも・・・美しゅうございます、お嬢様。このケイシー、お嬢様のそのお姿を拝見出来ただけで本望でございます・・・がくっ」
崩れ落ちそうな自らの身体を、壁に寄りかかることで何とか支えている様子のケイシーは、何故そうまでしてその姿勢を維持しているのか。
それは彼女が、視線を向ける先に答えがある。
その先には、美しい花嫁衣裳を身に纏ったセラフが、静々と厳かに目の前の神父の言葉を待っている所であった。
「新郎ブライアン・コールドウェル。貴方はここにいる新婦セラフィーナ・エインズワースを妻とし、病める時も健やかなる時も愛すると誓いますか?」
「・・・誓います」
主の晴れ姿を目にしては、力尽きるようにその場に崩れ落ちたケイシーを横目に、その式はつつがなく進行していく。
急に取り決められた式のためか、貴族のそれを執り行うような格ではない、恐らく地元の神父である男が緊張した様子でお決まりの台詞を読み上げている。
それが若干たどたどしく聞こえても、それはご愛嬌だろう。
「う、うぅ・・・良かった、本当に良かった」
愛する夫を亡くし、されに立て続けに息子までをも亡くしたブラッドの母親は、そんな息子の晴れ姿に静かに涙している。
彼女のその病的に細い身体に、残された命は僅かだろう。
しかしもうそんなことなど気にする必要はないと、彼女はさめざめと涙を流し続けていた。
「新婦セラフィーナ・エインズワース。貴女はここにいる新郎ブライアン・コールドウェルを夫とし、病める時も健やかなる時も愛すると誓いますか?」
「・・・・・・」
数得るほどしか人がいない教会に響き渡った落ち着いた声は新郎、ブラッドのものだろう。
彼の重く、腹に響くような低い声は囁きの優しさにもずっしりと心を揺り動かした。
それは当然、それを一番間近で耳にしたセラフに最も大きく影響の出るもので、彼女は神父に宣誓を求められたにもかかわらずそれに答えず、ポーッとした表情で彼の顔を見つめ続けてしまっていた。
「ち、誓いますか?」
「・・・セラフィーナ?」
本人は幸せそうに見惚れているだけの沈黙も、周りの者達からすれば気が気ではない静寂となる。
いつまでも宣誓を口にしないセラフに、神父は焦ったようにそれを促し、ブラッドも不安そうな表情で彼女の方へと視線を向けている。
彼女の背後に座っているブラッドの母親などは、もはや弱り果ててしまったその足腰を無理矢理奮い立たせて、立ち上がろうとしてすらいた。
「・・・?あっ!ご、ごめんなさい!ち、誓いま―――」
流石にそんなにも周りから注目を受ければ、自分が今何かをやらかしてしまっているだと気づくことは出来る。
自分が誓いの言葉を述べないために、こんな変な空気になっているのだと気付いたセラフは、慌ててそれを告げようとしていた。
この出来事はきっと、後になれば笑い話となって語られるエピソードの一つとなる。
そう、誰しもが確信する出来事はしかし、そうなる事はない。
「セラフィーナ、迎えに来たぞ!!!」
その何かが爆発したかのような衝撃音は、あまりに勢いよく扉を開いたために発された物音だろう。
その先から現れた長身の男の姿は、眩い光が逆光となってよく見ることが出来ない。
それでもこの場いる中で一人だけ、その声に心当たりがある者がいた。
「マックス?何で、あんたがここに・・・?ふ、ふふーん、残念でした!!今更、来たって遅いんだから!!私はもうこの人の―――」
それはその人影の幼馴染であり、新婦でもあるセラフであった。
セラフが口にしたとおり、この場に現れた人影は彼女の幼馴染であるマックスで間違いないのだろう。
ついこの間久しぶりに再会し、そして冒険を共にすることでいい感じにもなった幼馴染の登場に、セラフはそれを求婚の合図と解釈する。
それも無理はない話しだろう。
彼女は今まさに、結婚の宣誓を行おうとしていた所なのだ。
そんなタイミングに丁度良く、割り込んできた男がいればそれは、自らを奪いにきたと考えるのが自然であった。
「何を勘違いしている?いいから、さっさと行くぞ!!」
いざ人のものとなるに至って、ようやく自分の魅力に気付いたのかと勝ち誇るセラフは、唇に指を添えては高笑いの仕草を作っている。
そんなセラフの仕草にうざったそうな表情を浮かべたマックスは、ずんずんと彼女へと近づくと、その身体を問答無用で担ぎ上げてしまう。
「え、ちょ!?何すんのよ!!相手にされないからって、無理矢理攫うなんて最低よ!!この、離しなさいよ!この、この!!」
「うるさい!だからそうじゃないって、さっきからいってるだろう!!痛っ、この!いい加減、大人しくしろ!!」
いきなりこの場に押し入ってきたマックスに、誰しもが呆気に取られてしまっている。
彼はその隙を突いて堂々と真正面からセラフに近づくと、その身体を担ぎ上げていた。
その中で当の本人であるセラフだけが、マックスの腕の中で必死に暴れては抵抗を示していたが、それは彼の眉を顰ませる程度の刺激で終わっていた。
「・・・それぐらいにしときたまえ、グラッドストン公。君と彼女の関係は知っているが・・・彼女は私の妻となる女だ、これ以上の狼藉は許すことは出来ない」
幾ら突然の襲来に隙を突かれたといえど、いつまでも好きにさせているほどに彼も甘くはない。
この教会のどこにそんなものを隠していたのか、細身の剣を構えたブラッドが、静かにマックスの前へと立ち塞がる。
その表情はとても落ち着いたものであったが、決してここを退きはしないという固い決意を秘めたものであった。
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