舞踏会 1
「・・・おかしいわね?」
煌びやかに飾り立てられたホールには、こじんまりとした楽団による生演奏が奏でられている。
それは王室や、公爵といった天上人が主催した訳ではないこのパーティには、似合った規模のものだろう。
その穏やかに奏でられる音楽の中で、これまた華やかに飾り立てられたご婦人方が、きっちりとタキシードで決めた男性達とダンスを楽しんでいる。
そんな彼らの様子を眺めながら、壁際で突っ立っているセラフは何かがおかしいと呟いていた。
「何で、誰も私を誘いに来ないのかしら?少し派手過ぎた?でも、あの辺の子達とそれほど違いはないと思うのだけど・・・?」
参加した舞踏会で誰からも誘われず、壁の花と化しているセラフは、その状況を不思議そうにいぶかしんでいた。
彼女はその原因を、自分の派手過ぎる衣装にあると考えているようで、頻りにそれを見下ろしては確かめている。
確かに彼女の衣装は、これまで彼女が渡り歩いた諸国のエッセンスを十二分に詰め込んだ、大変に異国情緒溢れたものである。
しかしそれは流石のセンスというべきか、きちんと調和の取れた美しさを保っており、派手ではあるものの決してけばけばしいものではない。
事実、明らかに彼女のよりも派手な衣装を身に纏い、それが嫌味になっている少女もいたが、彼女は今まさにお相手の男性とダンスの真っ最中であった。
「お嬢さん、休憩中ですか?もしそうでないのなら、お相手願えませんでしょうか?」
「!え、えぇ!少しばかり踊り疲れた足を休ませていたのだけど、もう十分だわ。喜んでお相手を―――」
そんなセラフに声を掛けてきたのは、先ほどまで踊り続けていたのだろう、僅かに額に汗を浮かべた若い男性であった。
彼はダンスの相手がおらず、壁の花となってしまっていたセラフの事を気遣うような言葉で彼女を誘い、静かに手を差し伸べている。
それに慌てて手を伸ばそうとしたセラフは、それでは幾らなんでもはしたないとどうにか手を引っ込めると、ドレスの裾を摘んでは儀礼的なお辞儀の仕草をみせていた。
その仕草は美しく、何も間違ったところはないだろう。
「!おっと、これは・・・失礼致しました。お嬢様、よろしいですか?」
しかしその若い男性は、彼女の胸元へと視線を向けると何かに気がついたように手を引っ込め、近くの別の女性へと慌てて声を掛け直していた。
「えぇ、勿論ですわ」
「では、こちらに。それにしても、まさかあれをつけていない女性がいるとは・・・驚きました」
「まぁ、そんな方が!?驚きましたわ」
それに応じるのは、セラフと同じように壁の花と化していた女性だ。
彼女はセラフほど、その誘いにがっつくことを隠せておらず、お辞儀の仕草の優雅さなど天と地ほどの差があった。
それでも若い男性は彼女を拒絶する様子はみせず、それどころかセラフの方が場違いだと言わんばかりの呟きを漏らしていた。
「何?一体なんだっていうのよ?あんな子に私が負けるなんて・・・」
目の前で振られた事よりも、自分よりも明らかに劣る女性にそれを取られた事がショックだと、セラフは落ち込んでいる。
しかし彼女が選ばれなかった理由を、彼らは何か話してはいなかったか。
「そういえば、あれをつけていないって言ってたけど・・・確かに皆、胸元に何かつけているわね。あれは・・・数字?」
それには勿論、セラフもすぐに気付く。
それは彼女が自らの心を守るために振られた理由を探していたためかもしれないが、フロアを見渡せば確かに、踊る男女の胸元に何やら小ぶりな紙片がつけられていた。
そこには数字が書かれており、よく見るとそこの数字が大きい者の方が男女共に人気があるようだった。
「とにかく、あれが大事なようね。それにしても何の数字かしら?年齢や財力を示す数字ではないようだけど・・・あの人は明らかに年嵩だし、あの子の家は確か財政が厳しかった筈よね?」
自らの胸元には存在しないその数字が、この舞踏会において最も重要な存在だと理解したセラフは、その意味について探り始める。
しかし彼らの事をよく観察しても、その見た目や家柄とちぐはぐなその数字に、謎は一向に深まるばかりであった。
「そういえば・・・この部屋に入る前に、ステータスを調べるように言われたけど、もしかしてあれと何か関係が?折角の舞踏会の前に、妊娠の有無なんて調べてんじゃないわよ!って断っちゃったけど・・・」
深まる謎に、セラフはもう一つの不可解な出来事について思い出していた。
それは彼女がこのホールに入室する際に、そこに控えていた者によってステータスのチェックを勧められた事であった。
貴族の女性がステータスのチェックを勧められるという事は、妊娠しているかどうかを調べるという事だ。
これは妊娠時に一部のステータスが著しく落ちるという現象を利用したもので、それによって妊娠の有無を調べるのだが、こんな場でそんな事をされれば失礼だと憤るのが当然だろう。
しかしセラフはここにきて、それには別の意味があったのではないかと考え始める。
セラフがそうして思考を深めていると、彼女へと近づいてくる集団の姿があった。
そしてその先頭には、そのキラキラと輝く金髪をたなびかせている女性の姿が。
「おーっほっほっほっほ、誰かと思えばセラフィーナさんではございませんか。折角の舞踏会なのに、踊りませんの?あら、これは失礼致しましたわ。誘ってくれる殿方がいないのでしたわね!」
その取り巻きを多数抱えた女性はセラフの前まで歩み寄ると、唐突に笑い声を上げ始めていた。
その響きは、彼女が続いて話した内容を聞かずとも嘲りだと分かる。
セラフが男性に相手にされていない事を散々に扱き下ろす彼女の姿に、セラフと同じように壁の花を演じていた女性達が揉め事の気配を察し、慌ててその場から退避していた。
「・・・誰?」
しかし明らかに知り合いだと振舞っている彼女の事を、セラフはついぞ思い出すことが出来ずにいた。
馬鹿にされたことよりもそちらが気がかりだったのか、深く首を傾げた彼女はしかし、その名前を思い出すことが出来ずに、素直にそれを白状してしまっていた。
「っ!?ヘンリエッタ!!ヘンリエッタ・リッチモンドですわ!!あなたの幼馴染の!!!」
「あぁ、エッタか!そのおでこで思い出した!何で隠してんの?出してた方が可愛いのに」
セラフの言葉がショックだったのか、大声で自らの名前を繰り返した金髪の女性は、自らのおでこに掛かっている髪を上げると、その髪よりも光り輝くそこをアピールしてみせていた。
その幼少期と同じ髪形を擬似的に再現した姿にようやく、彼女の事を思いだしたセラフはその愛称を口にする。
セラフのその言葉に安堵の表情を見せたエッタは、続く彼女の発言に思わず吹き出してしまう。
「ぶぅっ!?か、可愛いですって・・・ふ、ふんっ!!貴女はそうやって、いつも調子のいい事ばかりいって・・・そういう所が嫌われるのですのよ!」
「そうなの?へー、知らなかった」
セラフがさらっと放った台詞に、猛烈に噴出しては顔を真っ赤に染めるエッタは、それを誤魔化すように顔を背けては、憎まれ口を叩いている。
しかしそんなエッタの言葉はあまりセラフの心には響かないようで、彼女は無関心そうにその言葉を聞き流してしまっていた。
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