セラフの誤算 1
「・・・はぁ?」
周りから足蹴にされ、蔑ろにされていたセラフにとって、お金で雇った冒険者達から甘やかされ、ちやほやされる時間は楽しい。
楽しい時間はそれ故に、あっという間に過ぎ去って、気付けばもうベンジャミンが再び尋ねてくる時期にまでなってしまっていた。
そうして今、目の前のベンジャミンから知らされた事実に、セラフは訳が分からないと口を開けてしまっている。
それはその内容が、余りに衝撃的なものであったからだ。
「ですから、お嬢様。もう、資金がございません」
セラフの間抜け面に僅かに嘆息を漏らしたベンジャミンは、丁寧にその言葉を言い直している。
その文面は一字一句足りとて、異なってはいない。
しかし同じ言葉を再び聞かされたのにもかかわらず、セラフはその内容をまるで理解出来ないと疑問符を浮かべたままであった。
「え?え?ちょ、ちょっと待って、ベンジャミン!?お金がないって、そんな訳ないでしょう!?」
それが嘘だとせがむように、必死に瞳で訴えかけてくるセラフにも、ベンジャミンは静かに首を横に振るだけ。
そんな彼に姿を目にすれば、セラフもいつまでもその事実から目を背ける事は出来ない。
それでも彼女は、それをどうにか冗談にして欲しいかのように、ベンジャミンの身体を激しく揺すっては問い掛けていた。
「嘘でも、冗談でもございません、お嬢様。逆にお聞きいたしますが、私が今までそうした類の事を口にした事がございますでしょうか?」
「な、ないわ・・・ベンジャミンはいつも、率直な事実だけを口にするもの」
「その通りでございます。であれば、今回の事も紛れない事実であるとお分かりいただけたかと」
受け入れたくない事実を必死に否定しようとするセラフに、ベンジャミンは脈々と積み重ねてきた実績によってそれを否定する。
彼との間に積み重ねてきた思い出が、その言葉を否定する事を許さない。
諦めたように首を振り、ベンジャミンの言葉を受け入れる様子を見せたセラフの姿に、彼は逃げ道を塞ぐように語り掛ける。
その言葉にもはや、セラフはその事実を受け入れるしかなくなってしまっていた。
そうつまり彼女の実家、エインズワース家の資金が尽きてしまったという事実を。
「そんな、まさか・・・あんなに蓄えがあったのに?」
受け入れてしまった事実は、セラフに絶望を齎している。
がっくりと膝から崩れ落ち、地面へと手をついた彼女は今だに信じられないと、それをベンジャミンに確かめるように尋ねていた。
「確かに、十分なほどの蓄えがございました。しかし、お嬢様。お嬢様が今回使われた資金が、一体幾らがご存知ですか?」
「幾らって、そんなの・・・ええと、50か60?もしかしたら、100ぐらいいってたかしら?」
セラフが信じていたエインズワース家の蓄えは、間違いなく存在していたとベンジャミンは頷いている。
しかしそんな十分な蓄えがありながら、何故それが底を尽いてしまったのかと尋ねるベンジャミンは、その理由をセラフ自身に考えさせようと促していた。
「いいえお嬢様、500でございます。ハームズワース金貨にして500枚、勿論それ以下の端数もございますが・・・それだけの額を、お嬢様は浪費なされてしまっております」
「500!?嘘でしょ、そんなに!?」
「間違いございません。追加の資金を要求されるたび、私自らが帳簿を記しておりましたので」
セラフが冗談めかして口にした数字を、大きく上回る額をベンジャミンは淡々と口にする。
その数字には流石のセラフも、驚愕を禁じえない。
しかしそんな彼女の姿にも、ベンジャミンは動じる事なくそれが間違いない数字であると断言していた。
「エインズワース家の半年分の利益、それに相応する額をお嬢様はこの短い期間に浪費してしまったのです。これ以上の融通となると、流石に厳しいかと。勿論、今進めている事業の幾つかを潰してしまえば捻出出来なくもありませんが・・・」
余りに膨大な額に、現実感を失ってしまっているセラフに対して、ベンジャミンは彼女にも想像しやすいように噛み砕いて、その額の大きさを説明している。
それはつまるところ、お家の財政が傾くほどの額であるという事であった。
「そんなの、出来る訳ないでしょ!!?あぁ・・・私は何て事を・・・」
エインズワース家が進めている事業を幾つか潰せば資金を捻出出来ると語るベンジャミンに、それは流石にさせられないとセラフは叫んでいる。
そうして再びがっくりと項垂れて、地面へと膝をついたセラフを、一人の女性が見詰めていた。
「だからあれほど、言ったですのに・・・」
お家の内部事情に踏み入る話のためか、相応の距離を開けた場所から彼女達の姿を見詰めていた金髪の女性、エッタはそっと溜め息を漏らす。
彼女は自らの失敗の経験から、セラフに何度も考え直すように促していたのだ。
それをことごとく無視された結果が、今のセラフの姿なのだと思うと、彼女もやりきれない。
自分にも何かもっと出来る事があったのではないかと、悔しそうに唇を噛む彼女に、後ろから近づいてくる者達の姿があった。
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