セラフの流儀 2
「でもこんなの、私達が相手にする事なくない?あいつらに任せとけばいいのよ」
「おーっほっほっほ・・・は?何を仰っておりますの、セラフィーナさん?私達が一体何のためにここにきていると―――」
気分良く笑い声を響かせているエッタに、セラフの何気ない一言が届く。
それは彼女達が何故ここにいるのかという、根本的な理由すらを否定する言葉だった。
その言葉にエッタは虚を突かれたような表情になり、当然セラフを窘めるような言葉を続けるが、それは残念ながら彼女の耳には届かない。
「ささっ、セラフィーナさんこいつをどうぞ。向こうに一匹残っておりやした」
エッタがセラフを窘めようとした言葉は、割り込んできた男によって遮られている。
彼はどこからか人の腰ほどもある大型の鼠を連れ出しては、それをセラフへと差し出していた。
「そう、分かったわ。よいしょ、っと!」
その魔物はこの階層では考えられないほど、弱い魔物だ。
恐らく迷い込んだのであろうその魔物は、熟達の冒険者の手に掛かれば簡単に無力化されてしまう。
そうして差し出された魔物に、セラフはゆっくりと剣を引き抜くと、それを振り下ろしていた。
「ほら、私達はこうして楽な魔物だけを狩ればいいのよ。雇用主なんだし」
「そ、それは・・・そうかもしれませんけれど。しかし、それでは・・・セ、セラフィーナさん!」
男によって拘束された魔物は、セラフなぞんざいな手つきの攻撃にも避けることは叶わず、もろに食らった一撃に程なくして光になって消えていく。
その様を見下ろしてはこっちの方が簡単だと話すセラフに、エッタはそれではいけないとどうにか説得しようとしていた。
「ん?おっ、きたきた」
しかしそれも、彼女の身体から眩い光が溢れてくれば中断せざるを得ない。
エッタの慌てた表情に何事かと首を傾げたセラフも、その眩さが目に映ればそれが何かはすぐに理解していた。
そう、レベルアップである。
「ね、こっちの方が簡単でしょ?こうして、レベルアップも出来るんだし。エッタなんて、あれだけ苦労して倒したのにレベルの一つも上がらないじゃない?」
あれだけ苦労してゴーレムを倒したエッタのレベルは上がらず、今適当に魔物を仕留めただけのセラフのレベルが上がる。
その事実だけを見れば、セラフのやり方の方が正しいように感じられてしまう。
「それは、セラフィーナさんと私のレベルが違うからで・・・ちょっと、セラフィーナさん!?聞いていますの!大体貴女、今ので幾つになったのですの!!?」
しかしそれは、彼女とエッタのレベルに大きな開きがあるから起きた現象に他ならなかった。
それを必死に訴え、もっと真面目にレベル上げに励むべきだと語るエッタの話に、セラフは聞く耳を持たない。
それどころか彼女は、ゆさゆさとその身体を揺すっては訴えてくるエッタに対して、煙たそうな表情を見せていた。
「えーっと・・・幾つだったかな?確か、7か8だった筈・・・あ!今上がったから、9かな?」
「そんなっ!?まだ二桁にも届いてらっしゃらなかったんですの!?それは、いけませんわ!!セラフィーナさん、今からでも遅くはありません!!私と一緒に前線に立って、戦いましょう!!そうすれば、すぐに・・・」
エッタの暑苦しい視線から逃れるように明後日の方へと視線を向けたセラフは、自らのレベルについて探っている。
それが恐らく9であると聞いたエッタは、その事実に愕然とした表情を浮かべると、さらに激しく彼女の身体を揺すり始めていた。
「はいはい、そういうのはパスね。私は、私のやり方でやるから」
しかしエッタのそんな心からの願いも、セラフは軽く流してしまうだけ。
自らの胸元を掴むエッタの両手を、丁寧に外したセラフはそのまま彼女から距離を取るように、足を後ろへと運ぶ。
「セラフィーナさん、こちらに。向こうに手頃な奴を見つけましたんで・・・」
「あら、そうなの。すぐに向かうわ・・・それまでに」
「えぇ、分かっておりますとも。俺達で無力化しておきます」
「よろしい。じゃあエッタ、そういう事だから」
そこにタイミングよく、冒険者の男が後ろから話しかけてきていた。
その男が言うには、向こうに手頃な魔物がいるらしい。
それを聞いたセラフはエッタのお説教から逃げるように、足早にそちらへと向かう。
「セラフィーナさん!貴女の家の財産だって、無限ではありませんのよ!!いつまでもこんな事をしていては、私のように痛い目にあいますわよ!!」
逃げるようにこの場から立ち去ろうとしているセラフに、叫んだエッタの台詞は切実だ。
見栄を張るために身の丈に合わない冒険者を雇い、それで破滅しかけた彼女が話すそれは、間違いなく真実を語っている。
しかしそんな彼女の言葉も、やはりセラフは聞き流すだけ。
「大丈夫大丈夫!!私の家だって、結構なお金持ちなんだから!このぐらいじゃ、ビクともしないって!!」
ひらひらと手を振りながら、エッタの言葉を軽く聞き流したセラフは、自分の家の財力はその程度では揺らがないと断言している。
しかし彼女は、忘れてしまったのだろうか。
彼女の家、エインズワース家と同等かそれ以上の財力を、エッタの家であるリッチモンド家は持っていたという事を。
そんな彼女ですら、あのような状況に陥ったのだ、彼女がそうならないと誰が言えるだろうか。
そんな未来を欠片ほども思い描かず、セラフは気楽な足取りでダンジョンを進む。
その軽い足取りは、とてもではないが暗い未来へと進んでいる者のそれではなかった。
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