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落ち込むセラフと空気の読まない男

「はぁ~・・・最悪だ、私」


 吐き出した息の重たさは、その後悔の深さを表している。

 それはこれまで何度となく吐き出しても変わらぬその重さに、彼女がそれをとても後悔している事を示していた。


「何やってんだろ、本当に。ケイシーにまで、八つ当たりして・・・アリー達だって、わざわざ助けに来てくれてたのに」


 マックスと喧嘩別れした怒りのままに、助けに来てくれたケイシー達までをも怒鳴りつけてしまった事実は、セラフに深い後悔を齎していた。

 そうして彼女は、顔を会わせ辛い人々から逃げるように、いつか来た噴水の縁へと腰掛けていた。


「うぅ・・・宿にまで帰り辛くなっちゃうし、一体どうすればいいのよ?ケイシーは普段通り振舞おうとしてくれるけど・・・それが余計に辛いんだって、いえる訳もないし。はぁ・・・」


 主が例えどれほど酷い振る舞いをしようとも、忠実なる侍女であるケイシーは決してその不満を表に出しはしない。

 それどころか彼女は主人の心情を慮っては、普段と何一つ変わらない振る舞いに終始していた。

 その気遣いが、余計にセラフの心を苦しくする。

 結果、セラフはケイシーの待つ宿に帰り辛くなり、それからの多くの時間をこの市の端っこにある噴水の縁で過ごしていた。


「あれからもう一週間か・・・本当、何やってんだろ私」


 ただただ賑わう市を眺めながら、溜め息を吐き続ける。

 そんな無為な時間を、セラフはもう一週間も過ごしていた。

 その事実が、彼女の気持ちをさらに暗くさせ、溜め息を深くする。

 彼女はそんな悪循環に嵌り、いつまでも抜け出せずにいるようだった。


「おや、貴女は・・・そうだ!セラフィーナさん、セラフィーナさんじゃないですか!!」


 そんな落ち込んでは溜め息をつき、顔を覆うということを繰り返しているセラフに、声を掛けてくる者がいた。

 今の彼女は傍目からみてもどんよりと暗いオーラを放っており、容易には話しかけられない筈である。

 そんな彼女に声をかけてくるのは、よっぽど強靭なハートを持つものか、それとも全く空気の読む事のないマイペースな者だけだろう。

 そしてどうやら、今回声を掛けてきたのは後者のようだった。


「はぁ・・・?誰よ、あんた?今は、相手してられるテンションじゃないから遠慮して―――」

「いやー、憶えてますか?僕ですよ、僕!ほら、あの露天の前で会った!!憶えてないかなぁ?」


 深く落ち込んだ気持ちでは、人を相手にする気分にもなれない。

 それをはっきりと告げ、近づいてきた男を拒絶しようとしたセラフはしかし、それを遮るようにして自分の存在をアピールするその男に、その思惑ごと阻止されてしまっていた。


「憶えてるわよ!ランディでしょ、ランディ!分かったから、ちょっと放っておいてくれない?」


 一方的に言葉を重ねては、どんどんと距離を詰めてくる白髪の研究者、ランディの存在にもはや放っておく事も出来ないと、セラフははっきりと遠慮してくれと告げる。

 しかし彼は、彼女のその言葉が聞こえていないかのように、さらに遠慮なく距離を詰めてきていた。


「あぁ!憶えていてくれましたか!いやぁ、嬉しいものですね!こんな美人に、名前を憶えてもらえるなんて!ここ、座ってもいいですか?」

「もう、座ってるじゃない。はぁ・・・好きにしたら」


 ランディの口を黙らそうとしてその名前を憶えていると告げたセラフの言葉は、余計に彼を調子付かせる結果に終わっていた。

 同じ年代の女性とほとんど関わった経験のないランディは、自らの名前をちゃんと憶えていてくれていたセラフに感動し、ウキウキとした笑顔で彼女の横へと腰を下ろす。

 彼はそれを事後報告的にセラフへと確認していたが、それは彼女に頭を抱えさせるばかり。

 セラフももはや、彼の行動を制御出来ないと溜め息を漏らすことしか出来なかった。


「ありがとうございます!いやぁ~、聞いてくださいよセラフィーナさん!あなたに譲ってもらったポーションのお陰で研究が捗りまして!知ってますか、あれ相当貴重な代物だったんですよ!!いやー僕もまさかこんな所で、物品修復のポーションが手に入るなんて思ってもみませんでした!!人体なんかの有機物を治療するのと違って、無機物を修復するのは難しいですよ。これは恐らく、自己修復力の差なんでしょうねー!」

「はぁ、そうなの。良かったわね」


 セラフから許可が出たことで、どっかりとさらに深くそこへと腰を掛けたランディは、もはや待ちきれないといった様子で自らの成果を話し始める。

 ランディが語るには、彼女が譲ってくれたポーションのお陰で彼の研究は大きく前進したようだ。

 しかし幾らそれを聞かされてもピンと来ないセラフからすれば、適当に相槌を打つ以外にやりようがない。


「それでですね、分かったんですが・・・あぁ、そうそう。知っていますか、セラフィーナさん?あのダンジョン、正式には『魔人の封穴』という名前なんですよ!いやぁ、皆さん呼びやすい『レベル上げに丁度いいダンジョン』と呼びますがね。それでですね、今回分かったのがそのダンジョンに封印されている魔人が―――」


 ランディは、セラフには全く興味のない研究成果をつらつらと語り続けている。

 その内容は彼女には全く興味のないものであったが、それを語るランディの姿は本当に楽しそうで、間違いようのない充実感を感じさせた。

 それは今の彼女には、眩しすぎる姿だった。


「そう、良かったわね!私は用事があるから、これで失礼するわ!」


 キラキラとした瞳で充実感に溢れる自らの生活について語るランディの姿は、自然と彼女の今の境遇の惨めさを加速させてしまう。

 そんな彼の前に、セラフはいつまでも居続けることなど出来なかった。


「えぇ!?これからがいい所なんですよ!?ちょっと、セラフィーナさん?セラフィーナさーん!!」


 言い捨てるようにして別れの言葉を叫んで駆け出していったセラフの足は早く、自らの話に夢中だったランディにそれを止める事は出来ない。

 まだまだ話したりないといった様子のランディは、今更ながら彼女を引きとめようと声を上げていたが、その声は彼女の背中にすら届くことはなく、彼の寂しげな声だけが響き続けていた。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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