美女の危機にヒーローは現れる 1
「・・・ここにもないか。低層にあると思ったが・・・見当違いだったか?」
そう呟いた青年の周りには、一太刀で切り裂かれた魔物の身体が夥しいほどに転がっている。
それが一斉に光へと還っていく様子は、それらがほぼ同時に仕留められたことを意味していた。
「いや、上層はあれだけ見て回ったんだ。きっとここにある筈・・・もう少し、探してみるか」
大して動いてもいない身体に、汚れなど積もってはいないだろう。
それでも彼がそれを払う仕草を見せたのは、徒労に終わった今の状況をも一緒に振り払おうとしたためか。
余りに見事に切り裂いたために、返り血の一つも浴びていない剣をしまった黒髪の青年、マックスはそう呟くとダンジョンのさらに奥へと歩みを進めていく。
「こっちはもう来たか?いや、違うか。同じような景色ばかりで、うんざりするな・・・ん?何だ、何か聞こえて・・・?」
ダンジョンの上層とは違い、同じような景色ばかりが続くこの洞窟に、まともに道を憶えていられないとマックスはうんざりと溜め息をつく。
今立っているこの場所が、以前にもう来た場所なのか分からなくなり立ち尽くしてしまった彼の耳に、何か聞き慣れない物音が響く。
それへと注意を引かれたマックスが耳を澄ますと、それは確かに聞こえ、またそれが人の悲鳴である事も分かっていた。
「ちょっと!?いい加減にしなさいよ、あんた達!!これ以上は冗談に・・・!!くっ、この!誰か、誰か助けてー!!」
それは襲われている誰かが、助けを求め叫ぶ声だ。
洞窟の反響によってその距離は定かではないが、このはっきりと聞こえる声量に、さほど遠い場所ではないだろう。
「へへへっ・・・まぁ、そう暴れなさんなって。助けを求めたって、誰もきやしないぜ?だったら諦めて、大人しくしたらどうだい?その方が、お互い気持ちよくなれるってもんだ。あんたも、痛いのは嫌だろう?」
組み敷いた女性を前に下卑た笑いを漏らす男は、握り締めた拳を掲げ暴れても無駄だと彼女に諭している。
こんな場所に助けなど来る訳がないと語る男は、暴れればそれだけ痛い目にあうだけだと、その鍛えられた拳を誇示していた。
「誰があんたなんかに従うもんですか!!助けて、お願い誰かー!!」
「はっ!威勢がいいねぇ、そうでなくっちゃ!だがよぉ・・・言ったろ、助けなんかこないって」
しかし組み敷かれた女性は、そんな男の振る舞いにも屈する事なく、寧ろ睨みつけるようにその瞳を鋭くすると、激しく手足を暴れさせ始める。
そんな彼女の姿に、男は寧ろ嬉しそうに歓声を上げたが、そろそろ大人しくさせようとその握った拳を振り上げていく。
「―――悪いが、そうでもないらしい」
その時、どこかから声が響き、それと共に一陣の風が舞い込んでくる。
しかし、それはおかしいのだ。
ここは洞窟の奥深くであり、風など吹く筈がないのだから。
「何だ、一体どこから・・・?」
「お、おい・・・お前、それ」
「あ?何だって?俺の何が・・・ぎゃぁぁぁっっ!!?」
どこかから聞こえてきた筈の声はしかし、その主の姿を見せず、吹き込んだ奇妙な風の正体も分からない。
黒髪の女性に馬乗りになり、その拳を振り下ろそうとしていた男はそれに戸惑っていたが、周りの者も彼と同じように戸惑いを見せていた。
いや、周りの者達の戸惑いは彼のそれとは根本的に違っている。
彼らは男の、既に振り下ろすべき拳がなくなってしまったその腕を目にしては、戸惑っていたのだから。
「邪魔だ、退け」
周りの者達の指摘に、ようやくその事態を悟った男が悲鳴を上げるのと、その身体が邪魔だと蹴り飛ばされるのは、ほぼ同時だった。
男の死角へと回っていたマックスが、彼を蹴り飛ばすのを急いだのは、その傷口から撒き散らされる血液が彼女に掛かってしまう事を嫌ったからか。
そうして組み敷かれていた状態から解放され、自由になった黒髪の女性に、マックスは手を差し伸べる。
「災難だったな。ほら、手を・・・ん?」
「あ、ありがとう。助かったわ・・・ん?」
若干服装は乱れてはいるが、それを脱がされるまでには至っていない女性の姿に、どうやら間に合ったかと安堵の息を吐いたマックスは、彼女を気遣う声と共にその手を伸ばす。
マックスによって危うい所を救われた女性もまた、彼に感謝の言葉を告げながらその手を取っていた。
そうして二人は、自然と距離を縮め見詰め合う。
「お前はっ!?」
「あんたはっ!!」
そして二人は同じタイミングでお互いの事を認識し合うと、声を上げる。
それは喜びの声ではなく、拒絶の声だ。
事実、マックスの手によって引かれ、身体を持ち上げつつあった黒髪の女性、セラフの背中は手放されたそれに、地面へと強かに打ちつけてしまっていた。
「痛ったー!!あんた、ちゃんと支えなさいよね!!背中、打っちゃったじゃない!?」
当然、その仕打ちに対してセラフは大声で文句を訴えている。
相当強かに背中を打ちつけてしまったのか、身体をくねくねと折り曲げては、どうにかその痛みを逸らそうとしているセラフは、その痛みの原因となったマックスの事を強く睨みつけていた。
「あぁ?ちっ・・・やっぱり助けるべきじゃなかったな、こんな奴」
「はぁ!?あんた、結婚を約束した幼馴染に向かって、一体何言ってるわけ!!?」
「っ!それは、お前が一方的に言ってきただけだろうが!」
そんな彼女の訴えに、マックスは静かに舌打ちを漏らすと、助けなければよかったとぼそりと呟いていた。
消え入るようなボリュームで呟いたそれにも、自らに向けられた陰口であるならばセラフはそれを聞き逃さない。
かつての約束をも持ち出してキレ始める彼女に、マックスもまたそれはそっちが勝手に言ったんだろうと言い返していた。
「はっ、満更でもなかったくせに」
「あぁ?誰がんなこといったって?ちっ、これ以上言い争っても時間の無駄だな」
言い返してきた文句は、約束していた過去を肯定する。
マックスの反応を鼻で笑い、満更でもなかったくせに囁いたセラフは、勝ち誇った表情を見せている。
そんな彼女の表情にこれ以上言い争っても無駄だと悟ったマックスは、剥き出しのままだった剣を収めるとさっさとこの場を後にしようとしていた。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます。
もしよろしければ評価やブックマークをして頂きますと、作者のモチベーション維持に繋がります。