ヘンリエッタ・リッチモンドは高笑いする 1
「何か、いい感じなのが余計に腹が立つわね」
ランディから押し付けられたポーションは、彼女のポーチにすっぽりと納まっては、チラチラとその美しい輝きを見せつけている。
それはまさに、セラフが望んでいた姿そのものであり、それが余計に彼女のもやもやとした気持ちを加速させていた。
「おじさんからお釣りの分だって、色々貰ったけど・・・これ、私が貰ってよかったのかな?」
とても高額な硬貨で一方的に支払い、お釣りを受け取らず去っていったランディに、あの露天の店主はその分をセラフに渡す事によって埋め合わせを行おうとしていた。
そうしてその結果は、彼女のポケットの中一杯に詰まっている。
それはごちゃごちゃとしており、一見何に使うのかも分からないような、奇妙なアイテムの集まりであった。
「何でも、私みたいな駆け出しの冒険者には役立つ品だっていってたけど・・・お洒落に使えるって訳でもないわよね?」
ポケットから店主から貰ったアイテムの一つを取り出してみても、それが何に使えるか皆目見当もつかない。
何だか不思議なその形に、それをうまく生かせばアクセサリーか何かにはなりそうであったが、店主もそれを狙って彼女に渡した訳ではないだろう。
「ま、それはいっか後で考えれば。そろそろケイシーも帰ってきてる頃よね?戻らないと・・・ん?あれは・・・?」
意外な出会いに、経った時間は予想よりも多い。
何だかよく分からないアイテムを再びポケットへとしまったセラフは、元いた広場へと足を進める。
ケイシーが買出しに出かけた僅かな暇を潰そうとした散策は、既に予定の時間をオーバーしているように思われた。
そんな時間に、セラフは帰途を急ごうとする。
しかしそんな彼女の前に、どこかで見たことのあるシルエット人物が近づいてきていた。
「あら、セラフィーナさん。意外ね、貴女もここに来ていたなんて」
それはその綺麗なおでこを強調するように、長い前髪を横に流した金髪の美少女、ヘンリエッタ・リッチモンドその人であった。
「あー、エッタじゃん!久しぶりー・・・ってほどでもないか。何、やっぱり貴女もレベル上げにここに来たの?」
「っ!?と、当然じゃありませんこと!!こんな田舎に私が足を運ぶ理由が、他にありまして!?」
意外な場所での知り合いとの再会に、セラフは素直に喜び、彼女が何故こんなところにいるのかと尋ねていた。
そんなセラフの当たり前の問い掛けに、エッタがどこか焦った表情で言葉を捲くし立てていたのは、彼女が自分の努力している姿を目の前の存在にこそ見られたくなかったからか。
「えぇ・・・ちょっとした、世間話じゃん?何で、そんなに怒るの?」
「ふんっ!そういうところがデリカシーがないというのですわ!!大体ここはレベル上げの聖地といっても過言ではない場所ですのよ?私達以外にも貴族の子女達が多数訪れていますわ!ほら御覧なさい、向こうにオルブライトの所の娘が来ていますわ!!それに向こうにも!あれは、えーっと・・・」
エッタの苛烈な反応に、彼女が何故そんな振る舞いをしたのか分からないと、セラフは若干引いた様子を見せていた。
そんな彼女の態度に鼻を鳴らしたエッタは、この場に訪れた貴族は自分だけではないと周りを示している。
そこには周りの冒険者達とは明らかにランクの違う身形をした、貴族の子女と思われる人々がちらほらと見受けられていた。
「あー、あの派手な感じはハンゲイトの所の人だ!ほら、前に行った舞踏会で派手な格好をしてたあの人。本人の前では言えなかったけど、正直似合ってなかったよね、あれ」
指し示した貴族の名前が中々出てこずに言葉に詰まってしまうエッタに対して、セラフはそれに割り込むと懐かしい何時かの思い出について話し始めている。
彼女がこちらに帰ってきて出席した舞踏会など、この間のものしかないだろう。
であるならば、彼女が今口にしているそれとは、少なくとも数年前の舞踏会の話であった。
「一体、何時の話をしてますの!?まったく、貴女って人は・・・」
急に遠い昔の思い出を語り始めるセラフに、エッタは一体何時の話しだと突っ込みを入れている。
彼女のそんな唐突な振る舞いに呆れた声を漏らすエッタはしかし、少し嬉しそうだった。
「と、とにかくこれで、この場所に私がいても不自然ではないと分かりましたでしょう!?」
「うん、まぁね。それにしてもよく見ると、そこらじゅうにいるのね?あ、向こうにも!」
エッタからすれば、ここに自分がいるのが何も特別な事ではなく、貴族であるならば普通な事なのだとセラフに理解させられれば、後はどうでもよかった。
そんな彼女の願いをセラフはあっさり聞き届けると、そんな事どうでもいいと周りをきょろきょろと見回し始めていた。
「もう、それはいいのですわ!!はぁ・・・そ、そんな事よりセラフィーナさん。貴女、ここにきてどれくらい?もうレベルは上がったのかしら?私のライバルたるもの、もうそれなりのレベルに―――」
ただただ自分が必死に頑張っていると思われたくなかっただけのエッタは、今だにその話題を引き摺っているセラフに苛立ち、怒鳴り声を上げる。
そうして無理矢理セラフの注意をこちらへと引き戻したエッタは、チラチラとそちらに視線を向けては執拗に、彼女の今のレベルを知りがっていた。
「あー・・・それなんだけどさぁ。三週間ぐらい前に1上がったきりなんだよねー。ほら、何か一人前って認められるには最低二桁は必要って話でしょ?そこまでやる気にならなくてさー、それからは全然。はははっ・・・」
そんなエッタの言葉を遮って、セラフが話し出したのはこの話題を早く終わらせたいためか。
恥ずかしそうに自分の頭を押さえながら、乾いた笑みを漏らすセラフは、まるでレベル上げが進んでいないと彼女に白状していた。
「は・・・?三週間前に1レベル上げたきりって・・・貴女、まだレベル2なんですの!!?もう三週間以上ここにいるのですわよね!?それでまだレベル2って・・・貴女、ここに何をしにいらっしゃったの!!?」
綺麗なおでこに、寄る皺もまた美しい。
セラフの衝撃的な告白に、その眉に怪訝な表情を浮かべたエッタは、言葉を失い固まってしまっている。
そうして彼女は、その信じられない内容を確認するように次々と言葉を重ねる。
それらに全て、セラフは頷く事しか出来なかった。
「うぅ・・・だって、面倒臭いんだもん。で、でも!そういうエッタだって一人じゃん!ふふん、知ってる?ダンジョンって、パーティ組んで潜らないと危ないんだよ?」
エッタが次々に叩きつけてくる言葉に反論出来ないセラフは、それから逃れるように顔を背けては唇を尖らせている。
しかし、彼女は気付いていた。
そんな事を偉そうに語るエッタもまた、一人ぼっちであるという事に。
ダンジョンに一人で挑むという事がどれほど危険なのか、彼女は身をもって知っている。
それ故にここに一人でいるエッタもまた、ダンジョンにまとも挑んだ事のない、自分と同じ側の人間だと、彼女は判断しては勝ち誇った表情を見せていた。
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