熟練の冒険者アレクシア・コーツには考えがある
「もうっ!そういう事は、もっと早くいいなさいよね!!」
「ご、ごめんねセラフ・・・その、二人が楽しそうでつい、いいそびれちゃって」
散々時間をかけて、無駄な作業やらされていたセラフの怒りは強い。
その強い怒りにも彼女が手を出すのを抑えているのは、長年培ってきた絆ゆえか。
それとも彼女の目の前で申し訳なさそうにしょんぼりしているアリーの姿が、余りに可愛らしかったためか。
「で、私はこれからどうしたらいいわけ?大分、やる気なくなっちゃったんだけど・・・」
「大丈夫!ちゃんと考えてあるから!!」
アリーの可愛らしい仕草に、大分毒気を抜かれてしまったセラフはしかし、かなり気落ち様子でぞんざいに、これからどうすればいいのかと彼女に尋ねている。
そんなセラフの様子に、アリーは先ほどの失敗を挽回してみせると、鼻息を荒くしては気合を滾らしていた。
「あっ、丁度いいところに魔物が!あれを倒すよ、セラフ!!」
「あれを倒すって、結構数がいるじゃない?あんなの無理よ、私」
その両拳を握り締め、アリーが気合を滾らしていると、洞窟の向こう側からやってくる魔物達がいた。
それはセラフがかつて一人で倒した、大きな蝙蝠の姿をした魔物だ。
しかしその数はあの時のように都合よく一匹だけ逸れたというものではなく、十匹以上の群れであった。
そんな数を相手は出来ないと、セラフは難色を示す。
しかしアリーは、自信満々といった様子を崩さなかった。
「大丈夫!魔物はこっちに引きつけるから!!その間にセラフは、確実に仕留めていって!ウィリアムもそれでいいよね?」
「敵を引きつければいいぜよ?そういうのは得意ぜよ!」
不安を口にするセラフに、アリーは腰の辺りからナイフを取り出すと、それを構えて見せていた。
彼女のメインの得物である弓よりも、そちら方が敵を引きつけ捌くのには都合がいいのだろう。
小ぶりなナイフを両手に構え、こちらにやってくる魔物達にもう準備万端といった様子の彼女は、既に軽いステップを踏み始めている。
彼女に自分と同じように囮の役割を振られたウィリアムは、それとは対照的にどっしりと構える。
それは目の前に迫る魔物程度の攻撃ではビクともしないという、彼の自信の表れだろう。
「は、速い!?嘘でしょ、もう来るの!?ね、ねぇ!?任せてもいいんだよね!?大丈夫だよね!?」
「うん、任せて!!セラフには、指一本触れさせないから!!」
「おぅ、ぜよ!」
まだまだ遠いと思っていた魔物の群れは、空を飛ぶ生き物の速さだろうか、あっという間にすぐ近くにまで迫っていた。
遠くで見ればまだそれほどでもなかった圧力も、近づけばその数に恐怖となって現れてくる。
覚悟を決めて剣を構えながらも、急に不安になったセラフは、必死に首を振っては左右に分かれた二人へと問い掛けている。
その問い掛けに、アリーは自信に溢れる表情を崩さず、私に任せろとその豊かな胸を叩いていた。
「き、きた!!ひぃぃっ!!?」
任せろと自信を告げた二人にも、実際に目の前に脅威が迫れば逃げ出したくもなる。
黒い渦のような蝙蝠の群れに、セラフはその構えた剣を振り下ろす事もせずに、思わず顔を背け目を瞑ってしまっていた。
「・・・あれ?全然来ない?おおっ!?」
恐怖から逃れるために頭を抱え、蹲ってしまっていたセラフはしかし、いつまでもやってこない魔物に、恐る恐るその顔を上げる。
そこには多数の魔物に囲まれながらも、それを余裕で捌いている二人の姿があった。
「ほら、こっちこっち!こっちだよ!!・・・えーい!!よし、うまく・・・あ、そうだった!?倒しちゃ駄目だったんだ!気をつけない・・・とっ!」
多数の蝙蝠に集られているアリーは、軽快なステップを踏みながらそれをいなし、一匹一匹的確にナイフで叩き落としていた。
そのままのペースでいけば、さほど時間も掛からずに魔物達を撃滅させる事が出来るだろう。
しかし今回のそれは、あくまでもセラフのレベル上げが目的なのだ。
それを途中で思い出した彼女は、ナイフを振るう腕を控えると避けるのに注力し始める。
避ける事に特化し、さらにステップのテンポを上げた彼女の動きに、魔物達はついていくことが出来ないようだった。
「うーん、これはどうすればいいぜよ?」
アリーとは対照的に、ウィリアムはその場を一歩も動いていない。
それどころか彼は、今もペシペシと攻撃してきている魔物達を振り払う仕草すら見せていなかった。
ウィリアムからすれば吹けば消えてしまう程度の魔物達に、どうすればそれをセラフへと残せるか彼は分からず、戸惑うように立ち尽くすことしか出来ないようだった。
「よ、よーし!これなら・・・えーい!!」
二人の強者に引きつけられた魔物は、洞窟の地面に蹲り震えている弱者などに関心を示さない。
その様子に、これならば自分でもいけると踏んだセラフは立ち上がり、拳を握る。
彼女は剣を構えると、見よう見まねの忍び足で魔物へと近づき、それを振り下ろしていた。
「・・・いけた?よし、よしよしよし!!何よ、私でも出来るじゃない!」
素人の剣技は神頼みにも似て、セラフはそれを振り下ろす際に目を瞑ってしまっていた。
そのためそれがうまく命中したか分からなかった彼女が、恐る恐るその目を開けると、そこには真っ二つになって地面へと倒れ付している蝙蝠の姿があった。
「よーし、じゃんじゃんいくわよー!えいっ!!」
自らが仕留めた獲物の姿に気を良くしたセラフは、次の獲物を仕留めてやると適当に狙いをつけては剣を振るう。
その剣先には、筋肉隆々の大男の姿があった。
「ひゃあ!?危ないぜよ!気をつけて欲しいぜよ!!」
蝙蝠の群れに集られて、視界の見通しが限られていたウィリアムは、ギリギリまでそれに気付く事が出来ず、危うくセラフに切りつけられてしまいそうになる。
彼がそれを何とか躱してみせたのは、その圧倒的な身体能力が為せる業か。
「あははっ!ごめんごめーん!次から・・・それっ!!」
危うい所で何とか回避したとはいえ冷や汗を掻く事態に、ウィリアムがセラフへと文句をいったのは当然の事だろう。
それに悪びれる事なく、軽く笑いながら謝罪の言葉を返したセラフは、その途中に格好の獲物の姿を見つけると躊躇なくその剣を振るう。
それはまたしても、ウィリアムの身体へと向かっていた。
「うひょぉ!?や、止めるぜよ!危ないぜよ!!」
「えー・・・?だって良い所に来るんだもーん!それを逃したら・・・えいっ!!」
「あひぃ!?」
もはやアクロバティックに仰け反ってそれを躱したウィリアムは、このままでは命が幾つあっても足りないと必死でセラフを止めようとする。
しかしそんなウィリアムの必死の訴えにも、セラフは不満な様子を隠そうともしない。
そんな彼女の目の前のふらふらと、魔物が横切っていく。
「セ、セラフー・・・こっちも、こっちもいるからー。ねぇ、聞いてるー?あなたがやってくれないと・・・ねぇー、セラフー?」
セラフとウィリアムが楽しそうに魔物を狩っている所から少し離れて、アリーは一人必死に魔物を引き付けてはステップを踏み続けていた。
彼女はセラフに獲物を残すために、極力その手に持ったナイフを振るわないようにしている。
そのためアリーの周りの魔物は一向にその数を減らさず、流石の彼女も息が上がり始めているようだった。
「・・・順調そうですね。皆様もそろそろご休憩が必要でしょう、準備しなければ・・・」
一人、放っておかれて悲しそうな声を漏らすアリーにも、その表情にはまだ余裕があるように見える。
そんな彼女の様子を知ってか知らずか、何かに納得するようにうんうんと頷いたケイシーは、手元に用意していた荷物を開くと、そこからシート取り出し辺りの平たい地面へと広げ始めていた。
彼女が用意しているのは、休憩時の軽い食事だろうか。
それの用意が整うまでは、まだしばらく時間が掛かりそうだった。
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