その男、おのぼりさんにつき 1
「何よ、レベル1レベル1って・・・そんなの、どうしようもないじゃない!」
とにかくあの場から逃げ出したかったセラフは、行き先も決めずに進み続けていた。
その足が自然と人気の多い場所へと向かっていたのは、そんな雑踏が彼女のすさんだ心を癒してくれるからだろうか。
「おひゃー・・・おったまげたなぁ!何ぜよ、この人混みは!?祭りか何かぜよ?」
自らの感情で手一杯で前方を碌に確認せずに走っているセラフと同じように、周りをきょろきょろと眺めては前方への注意を怠っている者がここに一人、いた。
それは大柄な身体に、ボロボロの衣服を纏ったいかにもお上りさんといった風体の男で、彼はセラフの進路上に立ち塞がったまま、周りを観察するのに夢中なようだった。
「危ない、セラフ!前、前!!」
そのまま行けば正面から激しく衝突してしまう事態に、セラフの後ろから緊迫した声が飛ぶ。
それは彼女からかなり遅れてスタートしたのにもかかわらず、既に追いつきつつあるアリーの声であった。
「えっ!?アリー、ついて来ちゃったの?もう、放っておいてって・・・きゃあ!!?」
しかしそんな彼女の声は、その思惑とは裏腹にセラフの注意を後ろへと引き付けてしまっていた。
予想だにしないアリーの登場に、セラフの足は僅かに緩んでいる。
しかしそんな程度では収まることはないスピードがその身体には乗っており、さらに前方から注意を逸らしてしまった彼女は、為す術なく正面の男と衝突してしまっていた。
「?おっと、ぶつかってしもうたか?すまんことをしたぜよ。お嬢さん、大丈夫かぜ・・・よ」
完全に無防備な状態でぶつかられたのにもかかわらず、男の身体はビクともしていない。
それどころか、そんな衝撃などちょっと撫でられた程度だとでも言いたげに不思議そうな表情を見せる彼は、目の前に尻餅をついているセラフの姿に、ようやくぶつかられた事実を認識する。
そうして彼女を助け起こそうと手を伸ばした男はしかし、その途中で言葉を失うと固まってしまっていた。
「あぁ、ありがとう・・・って、何?これ・・・私はどうすればいいわけ?」
差し出された手に、自然に礼を述べてそれに掴まろうとしていたセラフは、固まってしまった目の前の男に戸惑ってしまっている。
しかし彼女のそんな様子を気にも留めずに、男はいつしかフルフルと一人震え始めてしまっていた。
「こ、声まで美しいとは・・・い、いかんぜよ。これは・・・」
セラフが口にした戸惑いの言葉に、彼はその声の美しさに震えていたようだった。
そうして堪えきれずに膝をついた男は、まるで騎士が主に誓うようなポーズで彼女へと手を差し伸べる。
「名も知らぬ、お嬢さん。失礼を承知で申すぜよ。この男、ウィリアム・タッカーと夫婦になってはくれんかぜよ?」
そうして彼が口にした言葉は、まさしくプロポーズの言葉だろう。
「ふーん、ありがと。でも駄目ね。それじゃ、私は行くから」
しかし彼のそんな精一杯の言葉も、セラフにとっては軽く流せる程度のものでしかない。
目の前の男、ウィリアムに自分を助け起こす気がないことを知ったセラフは、自力で立ち上がるとさっさとその場を後にしようと踵を返していた。
「ちょ、ちょっと待ってよセラフ!?プ、プロポーズされたんだよ!?そんなあっさりでいいの!!?」
彼女のそんな振る舞いは、寧ろ見ている者の方を戸惑わせる。
セラフとウィリアムのやり取りの一部始終を目撃したアリーは、顔を真っ赤に染めながら慌てた様子で彼女を引き止めていた。
「?別にいいでしょ?珍しくもない」
「珍しくないって・・・プロポーズされる事が?嘘でしょ?」
「?アリーもそうでしょ?いるのよねー、勝手に一目惚れしてきて、いきなり告白してくる男って。こっちの身にもなれっての」
明らかに混乱した様子で必死で引き止めてくるアリーに、セラフは彼女が何故そうするのか本気で分からないと首を傾げている。
彼女からすれば、出会った男にいきなり告白される事などそう珍しくもない事であった。
そんな彼女の言葉に、アリーは呆然とした表情で立ち尽くしている。
セラフはそんな彼女に、追い討ちの言葉を掛けるが、それは決して悪意あってのものではないだろう。
「そんな事よりアリー、もういいのよ?貴女は、貴女のパーティに戻って。私はもう諦めるわ。どうせ、私を入れてくれるパーティなんて存在しないのよ!」
「そんな事って・・・!だ、駄目だよそんなの!!セラフを置いていくなんてっ!」
「アリーに手伝ってもらって痛感したわ、貴女がどんだけ頑張ってあの仲間達を手に入れたかを。これ以上、貴女の足を引っ張れない」
すぐ後ろで跪いたままのウィリアムを放っておいて、セラフは諦めを口にする。
アリーはそれをどうにか引きとめようとするが、彼女の決意は固いようだった。
「なんねお嬢さん方、仲間が欲しいかったぜよ?それならここに、わしという男がおるぜよ!!」
そんな二人の会話を、ウィリアムはすぐ後ろで聞いていた。
だから当然、彼は自らの存在をアピールするようにその立派な肉体を奮い立たせ、仲間になると宣言する。
「はいはい。いいから、そういうの」
しかしその言葉は、セラフによって軽く流されてしまっていた。
「い、いいのセラフ?彼、結構強そうだけど・・・?」
「強そうっていっても、あの装備じゃね。それにさっきから周りを見てると、細身の身体でもダンジョンの奥に挑む冒険者っているじゃない?だったら見た目なんて、当てにならないと思わない?」
「それは・・・確かにそうだけど」
折角仲間になってくれるといってくれたウィリアムを素通りして、その場を去ろうとしているセラフに、アリーはそれでいいのかと問い掛けている。
彼女のその問いに、セラフは彼が背負っている得物を指し示していた。
彼がその背中に背負っている得物は驚くほど巨大で、そしてボロボロな斧であった。
そんな装備を背負っているウィリアムと、周りのこれからダンジョンの深層に挑むような冒険者を比べたセラフは、彼など当てにならないと言い切っていた。
「トレインだ・・・トレインが出たぞー!!!」
セラフの言葉に、アリーも渋々納得しその場から離れようとしていると、遠くから悲鳴のような声が響く。
いやそれは事実、悲鳴であった。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます。
もしよろしければ評価やブックマークをして頂きますと、作者のモチベーション維持に繋がります。