目覚めと別れと新たなスタート
「―――しても、――ベルじゃ」
「―――だよ、――は」
その声は、扉を隔てた向こうから聞こえてくるのか。
それなりの大きさで激しく言い争っているようなその声はしかし、どうにもはっきり聞き取る事が出来ない。
それは建物の作りのせいなのか、それともまだ覚醒しきっていないこの意識のせいなのか。
「うぅん・・・ここは?」
鮮明に聞き取れない話し声は、寧ろそれをはっきりと耳にしようとする意識の働きを活性化させる。
そうして疲れ果てた身体を休めるために深い眠りについていたセラフは、その目蓋をゆっくりと開く。
そこには、旅慣れたセラフでも初めて見るほどの、安宿の天井が映っていた。
「そんなこと言うんなら、もう知らない!!私は一人でもセラフと一緒に行くから!!!」
セラフが見知らぬ天井を見詰めては、ボーっとしていると扉の外から大声が響いてくる。
その声の主、アリーはその大声を叫ぶと共に扉を開き、そのまま中へと駆け込んできていた。
「アリーちゃん!!待ってくれよ、俺達ゃそんなつもりじゃ・・・!」
「ここは、女の子の部屋だよ!!男の人は勝手に入ってこないで!!!」
「お、おぅ・・・すまねぇ」
彼らとの決別を告げ、そのまま部屋の中へと駆け込んだアリーを、彼女の仲間達は引き止めようとそのまま部屋の中へと押し入ろうとしていた。
しかしそんな彼らの行動を、アリーはキッと睨みつけては黙らせている。
その言葉には流石の彼らも黙る事しか出来ず、おずおずと引き下がっていた。
「だが、忘れないでくれよ!俺達はいつまでも待ってるから!!」
「それなら、セラフもパーティに入れてあげてよ!!」
「だからそれは・・・えぇい!これじゃいつまで経っても埒があかねぇ!とにかく、俺達は待ってるから!いつ帰ってきてもいいからな!!」
アリーの言葉に引き下がった彼らの事を、彼女は扉を閉めることで完全に締め出している。
それでも彼らは扉の向こう側から、アリーに対して懇願の言葉を残していた。
そんな彼らの言葉に対して、アリーはだったらセラフにも優しくしてやってもいいじゃないかと叫ぶが、それとこれとは別の問題だろう。
このままではいつまで経っても平行線だと悟った彼らは、すごすごと尻尾を巻いて帰っていく。
「な、何?何があったの、アリー?」
「!目が覚めたんだ、セラフ。良かったぁ・・・」
目が覚めると共に、いきなり親友が誰かと揉めている様子を見せつけられたセラフは、若干怯えた様子で戸惑っている。
そんなセラフに優しく微笑みかけたアリーは、彼女の近くの椅子へと腰掛けると、優しくその顔に掛かった髪を避けてやっていた。
「うぅん、何でもないの。セラフは気にしなくていいんだよ。今はゆっくり休んで・・・」
「で、でも・・・さっきのって、アリーの仲間でしょ?何か不味いんなら、私は別に平気だから・・・」
「今は!セラフの方が大事なの!だから、ね?」
先ほどの揉め事など気にしなくていいと話すアリーに、セラフはそんな訳にはいかないと身体を起こしていた。
それは彼女なりの、一人でも平気だと示すアクションだろう。
しかしアリーはそれを強く拒絶すると、彼女を無理矢理ベッドへと押し戻していた。
「っ!もう、しつこいんだから!!」
そんな二人に、ドアをノックする音が届く。
アリーはその音に、先ほど押し返した仲間達がまたやってきたのだと思い、不満そうな表情を見せていた。
「アリー、やっぱり・・・」
「いいの!セラフはそこでジッとしてて!私が話をつけてくるから!!」
先ほどあれほどのやり取りをしたのにもかかわらず、こんなにもすぐに戻ってきた仲間達に、セラフはさらに申し訳なさそうにアリーにそちらへと戻るように促している。
そんな彼女の様子に、アリーは余計に気合を昂ぶらせると、肩を怒らしてはドアへと向かっていくのだった。
「しつこいよ、皆!!セラフを入れてくれないなら、私行かないって言ったよね!?」
先制の怒鳴り声と共に、アリーはそのドアを押し開く。
しかしその先に待っていたのは、予想とは違う人物だった。
「アレクシア様、頼まれていた品はこちらで・・・?あの私、何か粗相をしてしまいましたでしょうか?」
ドアの向こう側にいたのは、アリーに頼まれた買出しを終え戻ってきたセラフの侍女、ケイシーであった。
アリーによって帰ってきて早々怒鳴りつけられてしまった彼女は、戸惑った表情を浮かべると申し訳なさそうに頭を下げている。
「ち、違うのケイシー!!貴女に言った訳じゃ・・・こ、これ!よく見つけてきてくれたね!ありがとう、助かるよ!!」
自らの勘違いからの行動で、ケイシーにそんな振る舞いをさせてしまったアリーは、それを誤魔化すためにわざとらしいほど大袈裟に彼女の事を褒め称えている。
「はぁ・・・近くの市で適当に見繕ったものでございますが、それでよろしかったのでしょうか?」
「うんうん!全然大丈夫だよ!!」
自らが差し出した包みを受け取っては、その中身を褒めちぎっているアリーに対して、ケイシーは若干引いた様子で疑問を浮かべている。
そんな彼女に、アリーが自信満々に大丈夫だと指を立てて見せたのは、何も自らの失態を誤魔化すためだけではないだろう。
「よーし、これなら!セラフも目を覚ましたし、明日からのパーティメンバー探し、頑張るぞ!!えいえい、おー!!!」
ケイシーから受け取った包みの中身を十分に確認し、それに納得するように何度も頷いたアリーは、セラフの方へと振り返っていた。
そうしてセラフの状態を確認したアリーは、握り締めた拳を叩く掲げると気合の声を上げる。
「・・・おー」
そんな彼女の突然の振る舞いに、ケイシーは戸惑いながらも軽くその右手を掲げている。
彼女が不思議そうに小首を傾げているのは、ほんのご愛嬌だろう。
「えっ?何これ?どういう事なの?」
自らのノリに合わせてくれたケイシーと、アリーは嬉しそうにハイタッチを交わしている。
そんな二人の姿を前に、セラフは訳が分からないとその大きな瞳をパチクリと何度も瞬かせていた。
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