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彼女達 1

「・・・やはり厳しいか」

「はっ、総崩れも時間の問題かと」


 完全武装に着込んだ鎧にも、兜がそれに欠けているのは、もはやその顔に刻まれた深い疲れを隠す必要がないためか。

 戦況を報告する兵の言葉を耳にするまでもなく、この小高い丘から見渡せるそれは厳しい。

 その褐色の肌を飾るように真っ黒だった髪にも白髪が混じり始めた壮年の美男子、マックスが呟いた言葉に側近の老人がより厳しい事実を補足している。

 そんな事は聞かなくとも分かっていると自嘲気味に鼻を鳴らしたマックスは、改めて戦場へと目をやっていた。

 そこには人間と似た姿をしていながら、明らかには人のそれとは違う集団、魔物の軍団が広がっていた。


「あれは、どうしている?」

「タ、タッカー将軍は一人戦線を突破!敵将の首を幾つも上げる戦果を上げております!!」

「ふっ、流石だな。しかしそれでも戦線を維持出来なくなっている・・・潮時、だろうな」


 マックスの足りない言葉にも、それが示している人物は誰かは分かる。

 彼の言葉に周りに控える兵士の中の一人が慌てて前へと進み出ると、求められた情報、つまりウィリアム・タッカーの情報について報告し始めていた。


「撤退する!タッカーにも伝えろ、奴には撤退の支援をさせる!!私の部隊も動かすぞ!」

「そ、それはなりません!!それでは、マクシミリアン様の身に危険が!!」

「この状況で、我が身可愛さに躊躇っては何が将軍か!!止めてくれるな!!」


 ウィリアムが一人でそれだけの戦果を上げても、一向に良くならない状況が戦況の不味さを物語っている。

 そんな戦況に撤退を決意したマックスはそれを告げると、自らで兵を率いてそれの援護に向かおうとしていた。

 しかしそれは、彼の周りにいた側近達の手によって慌てて止められてしまう。


「なりません!!マクシミリアン様は全軍を指揮する大将軍であらせられます!!それが万が一にでも身罷られようものなら、全軍が崩壊してしまいます!!どうか、ご自重ください!!」

「くっ、それでも私は・・・」


 将軍の責務として撤退を援助すると告げるマックスに、側近達は全軍指揮する指揮官としての彼の責任を叫んでいる。

 彼らの語る内容は道理だと言葉を詰まらせたマックスは、それでもと兵を動かそうとする。

 しかしそこに慌てた様子の兵士が一人、この場に駆け込んできていた。


「ご報告ー!!ご報告申し上げます!!」

「何事か!将軍の御前であるぞ!!」

「構わん、それより早く報告を!」


 突如飛び込んできた伝令と思われる兵士は、そのままマックスの前へと進み出ようとしている。

 その危険な振舞いは、側近達の手によってすぐさま制止させられていたが、マックスは彼の報告が早く聞きたいと、それを放すように告げていた。


「は、ははっ!申し上げます!!う、右翼の軍が壊滅しました!!」

「・・・なんだと?」


 壊滅寸前だと思われていた軍が、今まさに壊滅したと報告がやってくる。

 それはとても自然な成り行きに思われたが、その事実をマックスはすぐには受け入れることが出来ない。


「まさかっ!?誤報ではないのか!?」

「た、確かであります!私はこの目で、確かに見ました!!」


 それは周りの者達も同様のようで、その報告を齎した兵士へと食って掛かっている。

 それはその事実を信じたくないという、彼らの心がそうさせたのであろう。

 しかし兵士はその光景を間違いなく目にしてきたのだと、必死な表情で主張し続けていた。


「壊滅は、時間の問題だった。それが予想よりも少し早まっただけだ、間違いではないだろう・・・やはり私は軍を率い、救援に向かう!!」


 右翼の壊滅を告げる兵士に、それは時間の問題だったとマックスはその事実を受け入れている。

 そうして彼はやはり救援に向かうと告げ、自らがそこに乗り込もうとしていた。


「それはなりません!右翼が壊滅したのならばこそ、そんな危険な状況に若を行かせる訳には!」

「ええいっ、放せ!放さぬか!!」


 しかしそんな危険な状況に、全軍の指揮官を向かわせる訳にはいかない。

 そのためこの場を離れようとするマックスに側近達が必死に掴みかかり、彼を止めようとしていた。



「―――まったく、見ていられませんわね」



 不毛な揉み合いに硬直した場は、行くも戻るも出来なくなってしまっている。

 そんな場に突如響いた声は、甲高く華やかな声をしていた。


「・・・誰の声だ?どこかで聞いた事があるような・・・?」

「それよりどこから・・・?お、おいっ!?あれを見てみろ!!?」


 響いた声は、この殺伐とした場所には似つかわしくないほどに明るく、華やかな声であった。

 それがどこから聞こえてきたのかと首を振っている者達はやがて、頭上へと視線を向ける。

 そこにはその豊かな金髪をはためかせた、華奢な美少女の姿があった。


「・・・い、苺?」

「ちょっと!?レディの下着を覗かないでくださいます!!?まったく、失礼しちゃいますわ!!」


 見上げた空に翻る布地は、その下にあるものを隠すことが出来ない。

 多くの者がそれを見上げる中であれば、一人ぐらいその中身へと目を向ける者がいるだろう。

 それを素直に口にしてしまった兵士に、空中に浮かぶ金髪の美少女は心底不満そうに頬を膨らませていた。


「ヘンリエッタ!?来ていたのか!!」

「えぇ、何やら危ない所というじゃありませんか?でもご安心なさい、マクシミリアンさん。この私、大魔法使いヘンリエッタ・リッチモンドが来たのですから、もう安心ですわ!!」


 兵士達は今だに、その空に浮かぶ美少女が誰かとざわざわと騒いでいる。

 しかしその姿や声、何より宙に浮かび続ける事が出来るほどの魔法の使い手という事実に、それが誰かが分かり始めた側近達は、必死に顔を背けてはそれを覗かないように勤め始めていた。

 そう彼女は、金髪の大魔法使いヘンリエッタ・リッチモンド。

 貴族の子女である彼女の下着を、下々の者が軽々しく覗く事など許されてはいないのだ。


「そうか・・・そうだな!すまないヘンリエッタ、右翼が壊滅した!!彼らは今、無防備な状態だ!何とか退路を開いてやれないか!!」

「ふふんっ!お安い御用ですわ!!右翼ですわよね・・・ふむふむ、恐らくあの辺りですわね!!」


 私が来たからもう大丈夫だと豪語するエッタは、その薄い胸をドンと叩いては、任せてくれと主張している。

 その仕草は、エッタの幼い容姿も相まって不安を駆り立てたが、マックスは迷わず彼女の力に頼る事を選択する。

 その言葉に嬉しそうに鼻を鳴らしたエッタは、さらに高く上昇すると戦場に目を凝らし始めていた。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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