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婚活の第一条件がレベルになったけど、私は絶対にレベル上げなんてしない!!  作者: 斑目 ごたく
私は絶対にレベル上げなんてしない!
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プロローグ

 このしんと静まり返った沈黙は、何も静寂を意味している訳ではない。

 事実、徐々にざわざわと騒ぎ出した囁きは、次第にそのボリュームを大きくして喧騒へと姿を変えている。

 それは全て、壇上に佇んでいる一人の老人に向けられており、その老人ジョレマイア・ホールデンは彼らの様子に満足げに軽く咳払いをすると、場を静まるのを待つように視線を巡らせていた。


「・・・そろそろよろしいかな、皆様方?」


 この会場の主賓であろう老人の声に、ざわざわと何やら隣近所の者達と話していた男達もその声を潜め、彼へと視線を向け始めている。

 その様子に満足し軽く頷いた老人、ジョレマイアは手元に用意してあった書類の束へと目線を落とすと、再び話し出そうと僅かに喉を鳴らして調子を整えていた。


「では、続きを。そもそも―――」


 ようやく与えられた研究発表の場に、目の前には多くの観衆が集まっている。

 その観衆達が自らの発表に耳を澄まして聞き入っているという事実に、気を良くしたジョレマイアはもったいぶった口調でその続きを発表しようとしていた。


「その前によろしいでしょうか、ホールデン司教・・・おっと、既に破門されていたのでしたか。では・・・ホールデン伯爵と―――」


 しかしそれは、彼の声を遮るように声を上げた、ある青年によって中断させられてしまう。

 彼がわざわざジョレマイアが既に教会から破門された事を告げたのは、それが彼の信用を、ひいてはその研究結果の信用を損ねさせようと考えたからか。

 まさに慇懃無礼といった態度でジョレマイアの呼称を探る青年は、ようやく思いついたという様子で、彼がとっくに捨て去った過去の身分を告げてようとしていた。


「ただのホールデンで結構。それで、質問とは何かね?えぇと・・・」

「アンソニーです。アンソニー・レイノルズ・・・えぇ、では私もただのレイノルズとお呼びください」


 そんな青年の振る舞いに、不満そうに鼻を鳴らしたジョレマイアは彼の言葉を遮ると、呼び捨てで結構と言い捨てていた。

 早く彼の用件を済ませて、話を先を進めたいジョレマイアはそれを急ごうとするが、これといって特徴のない目の前の青年の姿に、彼の名前が思い出せずに言葉に詰まってしまう。

 そんな彼の様子に、青年はにっこりと笑うと、自分も呼び捨てでいいと名乗り返していた。


「では、レイノルズ君。君は、何が聞きたかったのかな?まさか、私の呼称について意見を改めたかった訳ではなかろう?」

「えぇ、勿論です。ホールデン様が先ほど仰られました、レベルが遺伝するというお話・・・果たして本当なのでしょうか?」


 目の前の青年の名前に聞き覚えがないと確認したジョレマイアは、そうであるならば丁寧に扱う必要もないと考え、さっさとあしらおうと試みる。

 しかしそうしてジョレマイアから用件を急かされたアンソニーは、彼が決して聞き流せない言葉を口走っていた。

 その内容、レベルが遺伝に影響するという言葉はまさに、ジョレマイアの研究結果そのものだ。

 それを疑うアンソニーの言葉を、果たしてジョレマイアは聞き流すことが出来るだろうか。


「本当かじゃと・・・?当然、本当に決まっておる!!大体これから、それについて詳しく説明しようと思っておったのに、お主が横からグチグチと文句を言うからそれが出来ておらんのじゃろうが!!」


 当然、出来る訳がない。

 自らの研究成果を否定するようなアンソニーの言葉にジョレマイアは激昂すると、手にしていた書類を演説台へと叩きつけ、彼に向かって怒鳴りつけては唾を撒き散らしている。

 その余りの激昂ぶりに、ジョレマイアがそのまま倒れてしまうのではないかと心配する弟子達が、慌てて彼の事を羽交い絞めにしては止めにかかっていた。


「それは失礼致しました・・・しかし、レベルというものはご存知の通り後天的なものです。しかも冒険者といった下々の者が重宝する、実力や身体能力を測るためのもの。確かにそれで頭が冴えるといって、魔物討伐に向かう貴族もいますが・・・所詮、貧乏貴族の処世術です。そんなものが遺伝にまで影響を与えるなど・・・俄かには信じられませんな」


 しかしジョレマイアに目の前で怒鳴りつけられ、その唾を浴びせかけられようとも、アンソニーはどこ吹く風と気にする様子も見られない。

 彼は弟子達に無理矢理押さえ込まれ、落ち着けさせられているジョレマイアを見下ろしては、自らの意見を主張している。

 それはあくまでレベルというものは、その当人だけに影響するものであり、子供達の能力に影響を与えるようなものではないというものであった。

 そしてそんなアンソニーの背後には、彼のその発言に納得するようにうんうんと頷いている、貴族達の姿が数多く見られていた。


「信じられないのならば、信じなくて結構!!しかしこれは確かな検証に基づく、紛れもない真実なのじゃ!!」


 目の前の青年に疑われた事実よりも、その青年の言葉に頷く者が多いことにショックを受けた様子のジョレマイアは、自らの研究は間違っていないと慟哭する。

 そんな彼の振る舞いを、弟子達も気持ちは同じなのか止める事はない。


「・・・確かな検証と仰りましたね?そう言えるだけのデータがあると?」

「勿論じゃ!!お主、ステータスは知っておるな?」

「えぇ、勿論。我々は貴族は、定期的にそれを調べる事が義務付けられておりますので。所謂『蝋燭の最後の火』現象や、妊娠時の能力低下を調べるために、ね」


 周りの多くの者は、そんな彼の振る舞いをただの負け惜しみだと解釈し、鼻で笑っている。

 しかしジョレマイアの目の前で佇むアンソニーだけは、彼の言葉の中に聞き流すことの出来ないワードを見つけたようで、細い目をさらに細めてはそれについて鋭く問い質していた。


「で、あれば見れば分かろう!!これが歴代の貴族の血族、その出産時のレベルと、その子息達のその後の能力の伸びの差よ!」


 既に、周りは彼の研究成果をただの老人の戯言だと決め付けている。

 そんな空気にやけくそになったのか、ジョレマイアは自らの研究成果が詰まった書類を、アンソニーへと叩きつけていた。


「・・・こちらのデータは?」

「冒険者ギルドから入手した、冒険者共のデータよ!奴らは結婚や出産を契機に、引退する者が多く、子供も同じく冒険者になるケースが多いからの!十分過ぎるほどのデータが手に入ったわ!!」

「なるほどなるほど・・・」


 ジョレマイアから書類を受け取ったアンソニーは、それを熱心に読みふけっている。

 そんな彼の様子に、ジョレマイアの事をせせら笑っていた観衆達は、その笑い声を段々と潜めていく。

 そうして彼らが何かおかしいと気づいた時には、アンソニーはその書類の内容にざっと目を通し終えていたのだった。


「・・・これは貴方様にお返しいたします、ホールデン卿。では私は用事が出来ましたので、これで失礼させていただきます」


 読み終えた書類を丁寧に整えたアンソニーは、軽く頭を下げながらジョレマイアへとそれを返却する。

 そんなアンソニーの豹変した態度にジョレマイアが戸惑っていると、彼は素早く踵を返し、その場を後にしようとしていた。


「な、何じゃ?どういう事じゃ?おぬしは馬鹿にせんのか?わしの研究などまやかしだと・・・」

「まやかし?何を仰いますか。その研究結果が正しい事は、貴方が誰よりご存知の筈。それを馬鹿になどと・・・冗談でも言ってはなりません」


 周りの自らの研究結果を疑う眼差しに、すっかり自信を失ってしまっていたジョレマイアは、足早に去っていくアンソニーに思わず何故だと問い掛ける。

 そんなジョレマイアの疑問に、アンソニーは足を止めると、貴方の研究は正しいとはっきりと告げていた。


「私は、私の主人に伝えなければなりませんので。『一刻も早く、レベルをお上げになってください』と、ね」


 ジョレマイアに彼の研究の正しさを告げたアンソニーは、そんな僅かな時間をも惜しいと足を急がせる。

 彼はそうしてその場を立ち去る前に一言、言い残していた。

 それはジョレマイアの研究を、完全に肯定するものであった。


「お、おい・・・レイノルズの言葉を聞いたか?」

「あぁ・・・あいつが言うなら、もしかすると・・・しかし、それだけでは」

「あいつのあの行動が答えだろ!こうしちゃいられない!爺さん!いや、ホールデン卿!!それを私にも見せてください!!」


 足早に去っていくアンソニーがその姿を消すと、訪れたのは一瞬の沈黙であった。

 そして、それは一瞬のものでしかない。

 彼らはすぐに騒ぎ始めると、彼の行動の意味を議論し始める。

 そうしてそれは、その中の一人がジョレマイアに向かって突進を始めると、一気に決壊した。

 つまり、ジョレマイアが手にする資料に向かって、この場にいる全ての人が一斉に殺到してきたのである。


「ま、待て!!待たんか、貴公ら!!資料はこの一つしかないんじゃ!!えぇい!待たんか!!この人数がいっぺんに見れる訳がなかろう!!わしが今から説明する故、さっさと席に戻らんか!!!」


 殺到する人混みに揉みくちゃにされながらも、ジョレマイアは決して資料を手放さない。

 彼は周りの人混みに対して、大人しくしろと怒鳴り散らしていたが、その声はどこか嬉しそうであった。




 そうして、ジョレマイア・ホールデン博士の『レベル遺伝理論』は瞬く間に世間を席巻する事になる。

 子供の能力、素質にレベルが大きく影響する事を論じたこの理論は、貴族階級の結婚観に大きく影響を与え、レベル第一主義といった風潮を作り出すまでに至っていた。

 それは今まで家柄や教養、本人の魅力といった点が重要視されていた結婚相手の条件に、レベルという要素が大きく関わるようになったことを意味する。

 それは、貴族達の婚活事情をまさに一変させる事態となっていた。

 そして、数年の月日が経った。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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