紅葉
「千夜璃、入るぞ」
とんとん、と襖を叩く音がして、振り返ると朔弥が立っていた。
「あ、朔弥。どうしたの?」
私は意識しないよう自然と振る舞う。
「ん、今日休みだからちょっと俺とデートしない?」
──その言葉にドクンと胸が鳴る。
「えっ、え?デート?」
驚きながら聞き返す。
「そんなに動揺するほど嬉しい?」
いつものように朔弥はにやにやしながら聞いてくる。
「いや、別にそういうわけじゃないけど」
「ふーん?」
零に似た口調でからかってくる。
「ま、そういうことだから用意しとけ」
最後は朔弥らしい適当な返事で部屋を出ていった。
(朔弥とデート……。どこに行くんだろ)
私は高鳴る胸を抑えながら、迷いに迷って服を選び、支度を終えた。
「お、来たか」
朔弥が軽く手を上げた。
「どこ行くの?」
1番の疑問を聞く。
「まあ、楽しみにしとけ」
私たちは、月瀬家の従者の車に乗り、30分ほど走った。
その間、朔弥とは他愛のない話をした。私は終始ドキドキしていた。
「着いた」
朔弥はそう言って車を降りる。少し歩くと石段が見えてきた。
こっち、と言って朔弥は石段を登っていく。
私もそれについて行った。
石段を登り、視界が開けると目の前には見事な紅葉が広がっていた。
「わぁ、綺麗。」
私は思わず息を呑む。
「綺麗だな」
私たちは赤やオレンジ、黄色のグラデーションが美しい紅葉を眺める。
「そこ、座ろ」
朔弥がベンチを指さした。
私たちは、近くにあったベンチに腰掛けて、しばらく美しい景色に見惚れていた。
「ねえ、千夜璃」
突然朔弥が話しかけてきた。朔弥を見ると、どこか遠くを見ている。
「なに?」
「……千夜璃って好きな人いるの?」
一瞬躊躇うように、朔弥は言った。
「…別に、朔弥に関係ないでしょ」
私はいつものように、できるだけそっけなく言う。
「へぇ、いるんだ?」
にやにやしながら覗き込んでくる。
「いないよ」
嘘だ、と言いながら朔弥がこちらに向き直る。
「──いないなら、俺が狙っていいよね?」
──え?
朔弥は、表情の読めない顔で見つめてきた。真剣とも、ふざけているともわからない。
数秒後、私はその言葉の意味を理解して、頬を赤らめた。
「い、今なんて……」
──!
突然、朔弥の大きな手が私の頬に触れた。
朔弥が顔を近づけてくる。
(もしかして……)
私は目をつむった。
「なーんて。なに身構えてんの千夜璃」
朔弥は腹を抱えて笑っている。
私は、そんな自分がとてつもなく恥ずかしくなって、朔弥と反対の方を向いた。
「うるさい、別に身構えてないし」
強がってそう言うと、朔弥は悪戯な笑みを浮かべて覗き込んでくる。
「ごめんね?千夜璃」
煽られてすごく腹が立ち、同時にすごく恥ずかしくなる。
──と、私の指先に何かが触れた。
見ると、私の指を少しだけ朔弥が握っている。
驚いて朔弥の顔を見上げた。
「なに?照れてんの?」
私は慌てて顔を背ける。
「照れてない」
その後も、朔弥にからかわれながらも必死に冷静を装った。
帰っても、あの感覚が頭から離れなかった。
(まあ、朔弥は女たらしだし……あんなの慣れてるよね)
そう言い聞かせながらも、朔弥が言った言葉を思い出した。
──「いないなら、俺が狙っていいよね?」
思わず顔が赤くなる。
──あの言葉の意味はなんなんだろう…?
そんなことを考えながら、眠るまで私の心臓は鳴り止まなかった。