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動揺

 翌朝。

いつものように広間へ行く。

 自分の席へ向かうと、朔弥と目が合った。

私は思わず逸らしてしまった。

 昨日の記憶が次々と(よみがえ)る。

昨日は泣いていてそんなに気にしていなかったけど──朔弥はたしかに私を抱きしめた。

 それを思い出すと、頬が熱を帯びるのが分かった。その事を朔弥に悟られぬよう、平然を装って黙々と朝食を食べた。

 途中、朔弥が話しかけてきたが、そっけなく答えてさっさと食べ終わろうと思った。

 なのに朔弥は、そんな私の計らいなどお構いなしに話しかけてきた。

「ねえ、千夜璃 俺の事避けてない?」

──ドクン、と心臓が鳴った。

「……い、いや、別に避けてないよ」

核心を突かれ、私はすごく不自然な返事をしてしまった。もう動揺してしまっている。

「ああ、もしかして昨日の…?」

なにか思いついたように朔弥が言うと、ニヤニヤしながら私の顔を覗き込んでくる。

「昨日の夜のことね」

みんなに聞こえるようにわざと大きな声で朔弥は言った。

 私はどんどん顔が赤くなるのが分かったが、必死に言い返す。

「へ、変な言い方しないでよ」

 すると今日は朝食を一緒に食べていた零が、不思議そうな顔でこちらを見てきた。

「昨日の夜?」

明らかに疑いの眼差しを向けられた。

「違うよ、零兄ちゃん、これは──」

私は必死に否定する。

「まあまあ、落ち着けよ千夜璃」

楽しそうに朔弥が笑っていた。

──私は昨日の一件以来、明らかに朔弥を意識してしまっている。だけどきっと、抱きしめられて少し動揺しているだけだ。朔弥だから、という訳ではない。

「あ、やべ、今日瑞希とデートだった」

と、朔弥が口を開く。

 やっぱり朔弥は女たらしだ。こんな男ありえない。

私は深呼吸して、皿を下げ、部屋に戻った。


 それから数日。

朔弥とはいつも通りに話せるようになった。

あれはただの思い込みだろう。少し動揺しただけだ。


 今日は、月瀬家に仕える使用人の1人、一条(いちじょう)さんと書類の整理をしていた。

 もともと父が側近だったから、娘の私は、必然的に月瀬家に仕える形になる。

 ありえないほど広い書庫に入り、積み上げられた書類を分類して棚に入れた。最近はこの仕事が忙しく、まともに睡眠も取れていない。けれど明後日までにまとめるようにと、社長の秘書から言われたのだ。

 なんの意図があってそんなことを頼んできたのか私たちには分からない。けど頼まれたからにはやるしか無かった。

 「千夜璃さん、少し休憩しましょうか」

一条さんが(ひたい)を拭いながらそう言った。

 ふぅ、と一息ついて私たちは椅子に座る。

一条さんは、私が幼い頃面倒を見てくれた人。私より歳上の、背の高い男の人だ。

 一条さんが、お茶を持ってきてくれた。

ありがとうございます、とお茶を受け取り1口飲む。疲れて渇いた喉が潤った。

「千夜璃さん、最近ずっと働き詰めですが、お体壊されないように」

「もうその敬語やめくださいよ、お父さんいないんだし、私の方が年下ですし」

私は苦笑しながら言う。

 一条さんは、父が側近だった頃からの使用人で、父の身の回りのことをしていた。父がいなくなった今でも、私に敬語を使ってくれる。

 父は、彼のことをとても信用していると、母から聞いたことがある。それには私も納得出来た。

「いえ、千夜璃さんはお父様の大事な娘さんですから」

 私は素直に頷けなかった。父は──私たちを見捨てたから。


 と、そこに零が通りかかった。

「あ、千夜璃、一条さん。最近ずっと書類の整理してますね、体に気をつけて。」

零の爽やかな笑顔で疲れが吹き飛ぶ。

「うん、ありがとう」

零の後ろ姿を見送っていると、零が振り返る。

「あ、そういえば千夜璃に聞きたいことがあったんだけど」

 なんだろう…?と思い、首を傾げる。

「千夜璃って朔弥と、そういう関係?」

 あまりにも単刀直入に聞いてくるので、私と、隣の一条さんも思わずお茶を吹き出した。

「はは、いや、零兄ちゃん、朔弥とは何もないよ」

「へえ、そうなんだ?」

零はにやにやしながら私を覗き込んでくる。

朔弥と似ている。

「あ、あれは、朔弥が大袈裟(おおげさ)に言ってただけだよ」

私は笑いながら流した。

 零はふーん、と半分信じてなさそうな返事で、その場から立ち去った。

「朔弥が変なこと言うから……」

私は困ったように笑う。

「零様も朔弥様も、お父様に似てとても整った顔立ちですもんね」

一条さんも、納得できます、と言いながら頷いている。

「いや、本当になにもありませんから!」

私は笑って必死に否定した。


 今日分の書類整理を終え、私は部屋に戻ろうと廊下を歩いていた。と、突然視界が歪んで、頭がくらくらしだした。

(あ……)

全身の力が抜け、倒れそうになった時。

──!

朔弥が私の体をがっしり抱えていた。

「危ねえお前…うわ、ひどい熱じゃねえか」

 朦朧(もうろう)とする意識の中で、必死に立ち上がろうとするが力が入らない。

視界がぼやけていく。

「とりあえず部屋まで運ぶぞ」

私は朔弥に抱えられ、部屋まで運ばれた。


 目が覚めると、布団の横に朔弥が座っていた。

少し寝て、先ほどより体が楽になった。

「急に倒れるなんて……朔弥ごめん、ありがとう」

真っ先に朔弥に礼を言う。

「お、起きたか。もう本っ当にお前は昔から危なっかしいんだから。しっかり寝てろ、馬鹿」

 そう言いつつ、朔弥は安堵(あんど)の笑みを浮かべていた。

私の胸がドクン、と跳ねた。

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